本稿では、研究発表における戦略の一例を解説する。研究発表は、論文発表と 学会発表に大別できるが、ここでは主に、学会発表について語る。しかし、そ のほとんどは、論文発表にも通用するだろう。
研究者にとって、研究発表は、余分の仕事であったり、ついでの仕事であった りする印象が強い場合が多い。
しかし、ちゃんとした研究発表を行うためには、自分の研究と正面から向き合 わなけばならない。その経験は、研究の次の段階に生かすことができる。発表 しようとすること自体が、研究活動にとって有益なのである。
では、そのメリットを充分に生かすような「ちゃんとした発表」というのは、 どういったものであろうか?
ここでは、そのための戦略として、「問題意識を軸にした構成」を解説する。
研究を進める上で、問題意識を持っているかどうかは、研究の面白さを左右す る。問題意識のない研究は、単なる作業になる。それでは、研究の面白味が半 減する。問題意識を持って研究している人にとっては、実験なり解析なりで何 か結果を出すことは、問題の解決に近づくことを意味する。「また一歩、野望 に近づいた」という達成感があるのである。
研究というのは面白いものである。発表で問題意識を聴衆に伝えることは、そ の面白さを伝えることである。自分の研究の面白さに他人を引き込むのは、結 構楽しい経験であるし、研究の意義を再確認することでもある。
以下、そのような発表を構成する技術を解説する。発表の順に沿って書くが、 考える順番とは違うかもしれない。
発表の題名を適切に決めるのは、結構難しい。特に、発表までに数ヶ月ある段 階で決める必要があるときは、なおさらである。しかし、適切に決めようとす る努力を怠らないのがよい。
題名に含まれるキーワードは、全て、研究の意義に係わるようにするのがよい。 例えば、「超高分解能」というキーワードは、分解能が高いことが問題の解決 につながる場合にのみ題名に使うのがよい。
発表の内容を作るときに、それぞれのキーワードの意義を説明しているかどう かをチェックするとよい。そうすれば、題名に合った発表になっているかどう かが分かる。
ここでいう概要は、講演概要集に載せるような話ではなく、論文のアブストラ クトに相当するものである。概要というのは、やったことと、その結果を、端 的に表現することである。
口頭発表の場合、概要は必ずしも必要ではない。しかし、あった方が親切な場 合も多い。
目次を紹介することで、概要の代用にする場合もある。
背景は、序論の一部である。
これを、単なる話の枕として使う人も多いだろう。「いきなり本題に入るのも なんだから……」といった調子である。しかし、それでは、時間を無駄にする 上に、論点がぼけてしまう。
よい研究発表では、背景の部分を問題意識の説明に使う。どんな問題を解決す るための研究なのか。何故その問題を解決しようとするのか。これまでにどこ まで解決できているのか。そういったことを、順序立てて、明確に、明示的に 示すのである。それ以外のことは、一言も言わなくてよい。
そのためには、まず、解決すべき問題を、自分の中で明確にしなければならな い。できれば、それを一言で表現してみるとよい。あとは、その意味と意義を 解説するために必要最小限な事項をピックアップし、それらをうまく配列すれ ばよい。
問題には、段階がある場合がある。例えば、最終的な目標と、今回の研究の着 眼点といった具合である。そういった構造をふまえて構成するとよい。
目的も、序論の一部である。
目的の部分では、背景で提起された問題を解決するための戦略を述べる。解決 のためにどのような方法を選ぶか。何故その方法を選んだのか。それが問題解 決にどのように寄与するのか。そういったことを具体的に解説する。
背景がうまく説明できていれば、目的を述べるのは楽である。単に、背景の延 長上に置けばよい。説明が必要のことの大部分は、背景で既に説明しているは ずである。
背景と目的がうまく説明できれば、発表は半ば成功である。どんな問題を解決 するのか。何故解決するのか。どんな方法で解決するのか。それだけ伝われば よい。
本論では、問題の解決につながることのみを述べる。苦労したことを全部話し たいのが人情ではあるが、そんなことをすれば、時間がいくらあっても足りな い。
もちろん、否定的な結果も、それが問題解決に役立つなら、発表すべきである。 それはそれで、結果の一つである。
結論部は、「まとめと展望」という形で提示されることが多い。
そこで述べられることは、何をしてどんな結果を得たか、そのことによって目 的はどの程度達成されたか、問題の解決にどのように寄与したか、残された課 題な何か、それをどうやって解決するか、といったことである。
結論は序論と対応していなければならない。そうでなければ、せっかく序論で 印象付けられた問題意識を覆すことになる。
序論と結論がちゃんと伝われば、発表は8割方成功である。逆に、序論と結論 が伝わっていなければ、本論でどれだけ頑張っても無意味である。
問題意識を軸にした研究発表の構成方法について解説してきた。ここで説明し たことを参考にすれば、発表の質が上がるだけではなく、発表を研究にフィー ドバックしやすくなるだろう。
より細かい技術については、ここでは説明しない。それは戦術的な話であって、 大勢に影響する度合が少ない。もちろん、発表の完成度を高める段階では、戦 術的な発想が意味を持つことになる。しかしそれは、まず、戦略面を充実させ てからの話である。