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それは、夏のある夜の帰り道での出来事だった。

僕は帰宅するときは、いつも堤防の上を歩いている。堤防添いの道に比べると、 風通しはいいし、夜景という程のものではないにしても見晴らしがいい、その 程度の理由しかないけど。

家に近づき、堤防を降りるために石の階段の方へ歩いて行くと、階段の上に何 か丸いものがあった。何だろうと思って立ち止まると、その猫は私に気が付き (そう、それは猫だった)一目散に逃げ出した。猫が階段を駆け降り、道路を横 切ろうとした丁度その時に、右手から車が来た。

「あぶない!」

そう思った瞬間、速度を緩めずにそのまま道を横切ろうとしたその猫は車を通 り抜けてしまった。車は猫に気がついた気配もなく、ブレーキもかけずに通り 過ぎて行った。

いや、目の錯覚に違いない。単にぎりぎりですり抜けただけだ。そう自分に言 い聞かせながら、階段を降り、道を横切ると、さっきの猫がいた。猫は僕を振 り返り、「にゃあ」と鳴いた。


つづく