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店を開いた当初は、トムがたびたび知り合いを連れてきれくれた。口コミを狙ってのことである。その結果、同盟の〈猫〉につながる情報こそ無かったものの、店はそこそこ繁盛し、借金を返し始めることができた。

そんなある日、目当ての情報を持つ客は来なかったが、アントン・フェルナーが来た。エミーの相手になるはずだった男の元上官である。あの頃が懐しくなって、自分でも思いがけないほど本音をしゃべっていた。

フェルナーが帰って一時間もしないうちに、トムが来た。この店をたたむことにしたという。

「二階の居候なんですが、実は、本名をヨナ・トリューニヒトといって、四年前に死んだはずの御仁です。まあ、それも、我々が匿うための演出だったんですが。最近になって、彼が狙われる可能性が減ったので、念のためもう一度身元を洗浄してから、解放しようと思います」

そのために、何かしらの騒動に紛れて、この一帯を焼け野原にしてしまうという。大袈裟過ぎる話に首をかしげていると、トムは少しためらいながら言った。

「これは、貴女のためでもあります。アントン・フェルナーは、潜在的な〈犬〉なのですよ。これ以上接触して、彼が本格的な〈犬〉になってしまうと、誰の得にもなりません」

エミーは混乱した。〈犬〉というのは、帝国の〈猫〉が使っていた用語である。〈猫〉の血を引き、〈猫〉に惹かれ、〈猫〉を殺す者である。確かに、フェルナーが発現前の〈犬〉だとすれば、意図せずしてエミーを探しあてたことの説明はつく。しかし、……。

何故、トムが帝国の〈猫〉の用語を知っているのだ?

頭の中が一旦空白になったあと、エミーは一つの結論に至った。

「あ、あなたが、……」

絶句したあと、ほっと一息ため息をついて、エミーは、にっこり笑った。

「あなたが〈猫〉だったのですね」