「ヨブ記」

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ヨブという名は古代の聖典に登場する聖人の名に由来すると教えられた。

トリューニヒト家はその古い古い聖典を創り出した種族の末裔であると言い伝え られている。混血が進み、信仰の大部分が失なわれた今となってはあまり意味が 無いことかもしれないが。

もっとも、その種族の末裔であるという幻想が独自の経済ネットワークを支えて いることは間違いない。それは国家の壁を越えた汎銀河的なネットワークである。

その昔、長征一万光年に巻き込まれたトリューニヒト家は中央との連絡が途絶し たままの状態で新たにネットワークを創り出すことを余儀なくされた。その後、 帝国との再接触を機に中央との連絡を再開できたが、自由惑星同盟におけるネッ トワークの管理はそのままトリューニヒト家に任された。それは必然的に政治と の関わりが深くなることを示した。

ネットワークと一族の権益を守るために、トリューニヒト家は一世代に一人程度 の割合で政治家を輩出してきた。政治家になる人物は生まれたときからその進路 を定められ、そのように育てられた。

トリューニヒト家ではそのための子供に聖人の名を与えるのである。

ヨブという名はそのようにして決められたのだと、ヨブ少年は教えられた。


つづく