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「やれやれ、ひとつ狂うとすべてが狂うものだな」
カール・ゲルハルト・クラウスニッツ技術中佐はつぶやいた。

クラウスニッツは子供のころ、物理学者になるのが夢だった。しかし、経済的な 事情で上級学校への進学を断念せざるを得なかった。どうしても科学へのあこが れをあきらめ切れなかった彼は、ただで科学技術を学ぶために士官学校技術研究 科に進学した。物理とは若干異なる分野だったが、その違いはなんとか許容範囲 の内にあった。

士官学校卒業後は、民間の研究所に行きたかったのだが、貴族でもなく、これと いったコネもないクラウスニッツを引き取る研究所はなかった。いや、あるには あったが、士官学校の学費の返済を援助してくれなかったので、金の無い彼には 取れない選択であった。結局、彼は学費返済を免除される軍の研究所に残るしか なかった。それでも、彼は幸運というべきかもしれない。研究所のトップはとも かく、直属の上司には恵まれたし、なんといっても科学技術の研究に没頭できた のである。少なくとも、最初の数年は。

しかし、開発を手掛けた指向性ゼッフル粒子が実用化されるにあたって、初めて の実戦使用に付き合わされるとなると話は別である。技術顧問団の副団長として キルヒアイス艦隊へ編入されるという指令を受け取ったとき、クラウスニッツは 困惑した。しかし、まがりなりにも軍の一部である以上、命令拒否は許されるは ずもなかった。

しかも、工作艦部隊部隊長グリュンベルグ大佐との相性が最悪だった。クラウス ニッツの役目は現場での技術士官の指揮である。指揮を最も取りやすい位置は工 作艦部隊旗艦ファゾルトの第一艦橋であり、そこには必然的に工作艦部隊全体の 指揮を取るグリュンベルグがいる。このグリュンベルグという人は技術士官など 戦場で役に立つはずがないと馬鹿にするような人物で、戦闘など野蛮人のするこ とだと思ってるクラウスニッツと話が合うわけがない。

ちなみに、アムリッツァ星域の自由惑星同盟軍後方に敷かれた機雷原にたどりつ いたあとの工作艦部隊の今までの行動は以下の通りである: まず、三六隻の工作 艦に分解されて運ばれてきた三機の指向性ゼッフル粒子放出装置を通常航行をし ながら組み立てる。次に、組み立てられた放出装置をそれぞれ一二隻の工作艦が 曳航し、照準を合わせて指向性ゼッフル粒子の放出を始める。ここまではクラウ スニッツが指揮を取った。

ところが、
「ここから先は軍人の仕事だ。学者さんはすっこんでな」
というグリュンベルグの言葉で、第一艦橋を追い出されたのである。あとは、適 当なタイミングで放出を停止し、機雷原の向こう側まで達っしたゼッフル粒子に 砲撃で点火して機雷原に穴をあけるだけだ。いちばんおいしいところを独り占め したいのだ。

それは、まあよい。そのような功名心に興味はない。気になるのは、放出時間の 延長である。ゼッフル粒子放出後、一〇分経ってから点火する予定のところを、 時間が押してることを理由に、点火五分前まで放出するというのだ。放出を停止 しても、ゼッフル粒子は放出口付近にいくらか残留する。それを伝って放出装置 に引火すれば、大惨事は逃れられない。しかし、その危険性をいくら訴えても馬 耳東風であった。

そういうわけでクラウスニッツは、軍用工作艦の個室で第一艦橋を写したモニタ ーを眺めながら作戦開始を待っているのである。後方とはいえ戦場に出される、 気に入らないやつが指揮権を握ってる、しかも、そいつの無知の所為で作戦失敗 の可能性が少なからずある。軍人になる意志を持たなかった者にとっては、たし かにぼやきたくなるような状況である。

「あれだけ言って聞かなかったんだ。失敗しても助けてやらんからな」
クラウスニッツはそうつぶやいて、ベッドに体を横たえた。
「引火の確率は、一機あたり二割ってとこか」


つづく