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後に「アムリッツァ会戦」と呼ばれることになる一連の戦闘が終結した数日後、 オーディンへ帰投中のクラウスニッツはバルバロッサへの連絡シャトルに乗った。 キルヒアイス提督から呼び出されたのである。
「いったい、何なのでしょうか?」
「行ってみれば分かるさ」
心配そうなマートブーホを置いてきたクラウスニッツだが、今回の戦闘に関係し たことであること以外、皆目見当がつかなかった。

バルバロッサに着いたクラウスニッツが案内された部屋には三人の先客がいた。 呼び出した帳本人のキルヒアイス中将、直属の上司のシャーテンホルスト技術大 佐。もうひとりの士官はジンツァー大佐と紹介された。

「おかけになってください。これは査問会の類ではありませんので、お気を楽に なさってください」
口火を切ったのはキルヒアイスだった。
「他でもない、先日の工作艦部隊の事故と戦闘に関することです。提出していた だいた報告書には事実関係は記してあったのですが、それについての見解はほと んど記されていませんでした。今日はその記されてなかった部分をいくつかお尋 ねしたくてお呼びしたのです」
「考察のないレポートでは単位をやれんと、あれほど言ったではないか、息子よ」
シャーテンホルストはクラウスニッツをしばしば息子と呼ぶ。母子家庭に育った クラウスニッツと実の息子が戦死してしまったシャーテンホルストの間の擬似的 な親子関係である。クラウスニッツは赤面しながら答えた。
「あ、いや、その辺はマートブーホに、もとい、マートブーホ中尉にあらかた話 しておいたので、彼が書いてると思うんですが。私と違って、彼の記憶力は確か ですから」
「たしかにマートブーホ中尉の報告書には貴官の見解が詳しく書いてありました。 そのこと自体も実は驚くべきことなのですが、それは後回しにして、まず、中尉 の報告書にも無かったことに関してお聞きしたいのです」
そんなこと覚えてるかなあと不安になりながら、クラウスニッツは質問を待った。

「まず、事故の直後のことです。マートブーホ中尉は貴官が部隊長代理を承諾す るかどうか、かなり不安だったようです。しかし、貴官は直ちに快諾してくださっ た。なにか期するところでもおありだったのですか?」
「期するところというほどのものじゃないですが、事故自体は予測の範囲内でし たし、その後の対処はほぼ必然的なものでしたから、何をすべきかはすぐに分か りました。マートブーホ中尉にはその辺が見えてないようでしたので、説明する より自分でやった方が早いと思ったんです。その後はすぐに専門の軍人に指揮を 取ってもらえると思ってましたし」
「お前に指揮を取らせるように私が進言したのだよ、息子よ。これから決戦だと いうときに、優秀な士官を置いていく訳にはいかない。それならば、お前の判断 力に任せた方が安全だと思ったのだ」
「おかげで苦労しましたよ、先生。でも、ティーデマン中佐はそんなに低能な士 官じゃなかったですよ? むしろ優秀だと言ってもいい」
「実はそれも謎のひとつなのです」

キルヒアイスの言葉を受けてジンツァーが説明した。マートブーホにしてもティ ーデマンにしても、今までの評価はさほど高いものではなかったという。マート ブーホは単に記憶力がいいだけ、ティーデマンは単に粗暴なだけの士官だったと いうのだ。ところが、今回の戦闘に関して言えば、マートブーホはクラウスニッ ツの見解を実によく理解し、機会があれば同程度の判断が下せそうなほど高い判 断能力を示している。ティーデマンは実戦において、これまでになかった柔軟性 を示している。
「私と一緒に作戦行動を取ったときは、あんなに使いでのある奴等じゃなかった ですよ」
と、ジンツァーは締め括った。

その後も質疑応答が続いたが、やがて残された疑問点に舞い戻った。
「最後にもう一度お尋ねしますが、二人の士官が突然高い能力を示した理由に心 当りはありませんか?」
「ありません」

「さて、ジンツァー大佐、どうでしょう?」
「いいように思います。少なくとも試してみる価値はあると」
「博士は?」
「答は自分で探させるのがよいかと」
「いったい、何の話ですか?」
意味の見えない会話にクラウスニッツは口を狭んだ。
「クラウスニッツ技術中佐、貴官は二箇月の研修の後に大佐に昇進することにな ります」
「研修って? ……まさか、技術士官でなく一般士官になるってことですか?」
「不本意でしょうが、我が軍のために御尽力願います」
「そ、そんな……。でも、失礼ながら中将閣下に人事権は……」
「この件についてはローエングラム元帥閣下が小官に一任してくださっています。 どうか覚悟をお決めになってください」
キルヒアイスの人のよさそうな笑顔が、このときのクラウスニッツには悪魔の微 笑に見えた。

会合が終わり、部屋を出たクラウスニッツは大きくのびをしながらぼやいた。
「やれやれ、ひとつ狂うとすべてが狂うものだな」


第二部へつづく