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キルヒアイス艦隊と合流すべく出発したクラウスニッツ分艦隊であったが、二回 目のワープが終了したときにクラウスニッツの乗艦ローゲが行方不明になった。 ワープ直前のデータを解析したところ、ワープエンジンの暴走による進路不定状 態のまま亜空間に突入したことが判明した。

ティーデマンの乗艦のエンジンの調整のため戦艦エルザに乗っていたブルクは半 狂乱になりながらティーデマンに捜索を要求したが、探そうにも手がかりが無い こと、暴走した艦艇が発見された事例はワープエンジンが開発されて以来一度も 無いことからこの要求を拒否した。ブルクは「自分さえついていれば」と後悔し ながら自室にこもり、キルヒアイス艦隊と合流するまで一歩も外に出なかった。

自動的に指揮権を継承したティーデマンは当面の指示を出したあと自室に引き込 もった。三日後に出てきたときの第一声は、「ちくしょう、泣きすぎて頭がいて えぜ」だった。

合流後、報告を受けたキルヒアイスは事故原因の調査を行なった。

その結果、キルヒアイス艦隊全体で技術士官が集中力を欠き、指示ミスや手抜き が多発していたこと、特にクラウスニッツ分艦隊でその傾向が著しいことが判明 した。これは技術士官から一般士官への転進の可能性が示されたことによる浮つ いた風潮が原因であろうと調査を担当した士官はコメントしている。

後に、このことに関してブルクは、
「自分はクラウスニッツ少将から戒められていたのでそうでもなかったが、他の 同僚達は休憩中のみならず作業中でさえ一般士官への転進について語り合ってい たようだ」
と証言している。

キルヒアイスは直ちに調査結果を公表し、技術士官から一般士官への転進は今後 起こり得ないこと、自分の職務さえ遂行できない者が認められる可能性は全く無 いことを訓戒した。さらに、技術士官を含む全士官に対する監査を行ない、職務 怠慢が判明した者にはそれ相応の処罰を下した。

その上でキルヒアイスは、クラウスニッツ、マートブーホ、ウィルソンを始めと する戦艦ローゲの乗員全員を殉職扱いし、クラウスニッツは二階級特進して大将、 他の者もそれに準ずることとした。実は、彼等の死亡が確認されてないとか戦闘 中ではないから殉職には相当しないとかの反論があったのだが、キルヒアイスは それをひとつひとつ説得していったのである。

後に、近い係累のいなかったクラウスニッツが残した遺言により遺産及び遺族年 金は恩師シャーテンホルストとかつての部下ブルクに送られることになったが、 シャーテンホルストはこれを拒絶し、自分の分もブルクに送るように要望した。 ブルクはありがたく受けとることにしたが、このことがクラウスニッツの自称親 戚達と一騒動起こしてしまう原因となった。

これらことをクラウスニッツが聞いたとしたら、やはり「やれやれ」と言って肩 をすくめるのだろうか?


「なかなかうまくはいかないものですね」
事故の後始末がひとまず終った頃、キルヒアイスはそう言って肩をすくめた。
「これがあれの運命だったのでしょう」
そう答えたのは技術顧問としてキルヒアイスに同行していたシャーテンホルスト である。その目に涙はなく、全てを受け入れたがごとく淡々と続ける。
「あれは頭がいい割に要領が悪いところがありましてな。責任を押しつけてやれ ばもう少しなんとかなると思ったのですが、この辺があれの限界だったというこ とでしょうか」
「さぞお嘆きが深こうございましょうが、泣いてばかりではクラウスニッツ大将 も安心できますまい」
「泣いてなどはいません。泣くことができれば楽なのかもしれませんが」
「お言葉の一つ一つが涙でしたよ」
微苦笑して肩をすくめたシャーテンホルストは、そのままキルヒアイスのもとを 立ち去った。

こうして、伝説未満の逸話(エピソード)は終りを告げた。


おわり