蛇足もしくはその後の小魔術師たち

あとがき代わりに主要登場人物のその後について少し書いておきます。

シャーテンホルストはリップシュタット戦役終結後まもなく研究所を辞めて軍を 退役します。それ程の歳ではなかったのですが、息子同然にかわいがっていたク ラウスニッツの行方不明がショックだったのでしょう。ブルクに相談を持ちかけ られたときには何某かの助言は与えたようですが、それ以外は完全に隠居生活を 楽しんでいたようです。

後にシャフト技術大将が失脚したときに、「シャーテンホルストを後釜に」との 声が上がったのですが、これを固辞しています。ただひたすら平穏な暮しを望ん でいたようです。

ブルクはクラウスニッツの遺産を受け取ることにしたおかげで、クラウスニッツ の自称親戚たちと裁判沙汰になります。彼等はクラウスニッツが成功するにつれ て現われて親族を名乗ったような連中ですが、親族であるからには遺産の一部を 相続する権利があるというのです。結局、遺書の存在が決定打となって裁判はブ ルクの勝利に終わったのですが、その後も遺産の相続権を放棄するように有形無 形の圧力をかけられたようです。

そのブルクはクラウスニッツの遺産と私財を投げ打ってクラウスニッツ基礎技術 研究所を設立します。シャーテンホルストにも援助してもらったようです。帝国 軍中央研究所の下請けという形式を取りつつ、ワープに関する独自の研究を進め ていました。この研究によって与えられた刺激によって、中央研究所では「要塞 をワープさせる」という発想が生まれるに至りましたが、ブルク自身はそこから 生じたプロジェクトには関与しませんでした。

ブルクの研究の中心はワープ事故に関すること、特に事故後に艦がどうなるかに ついてでした。クラウスニッツの行方不明に影響されたと思われるこの研究は意 外な方向に進み、その結果、ブルク自身も数奇な運命を辿ることになるのですが、 それはまた別の物語となります。

クラウスニッツ考案の標的選択システムは後に「クラウスニッツ・システム」と 呼ばれるようになりますが、クラウスニッツが行方不明になったこととブルクが 関与を拒否したことで事実上ブラックボックスと化してしまいます。そのため、 クラウスニッツ・システムが一万隻単位で活用できるように拡張されるまでに五 年の月日を要しました。

戦役後に少将に昇進し、ファーレンハイト艦隊に配属されたティーデマンは、ク ラウスニッツ・システムによる実戦経験者として期待されていました。しかし、 その後のティーデマンは精彩を欠き、目立った功績を上げられないまま、三年後 にイゼルローン回廊の戦いで戦死しました。

ローエワルト伯は再侵攻を期してブラウエベルク男爵とともに軍備の再建に努め ていたましが、戦役終結に間に合いません。そこで、自由惑星同盟への亡命を図 りますが、フェザーンで行方不明になります。フェザーンの酒場で酔っぱらいと 喧嘩して刺されたとも、名前を変えてハイネセンに到着したとも伝えられていま すが、とにかく、その後ローエワルト伯の名が歴史に登場することはありません でした。

ブラウエベルク男爵はローエワルト伯と同様に亡命を図りますが、逃げ遅れて逮 捕されます。その後、帰順を赦されてビッテンフェルト艦隊に編入されますが、 ティーデマンと同じくイゼルローン回廊の戦いで戦死します。

戦艦ローゲとその乗員たちは、その後も発見されることはありませんでした。


本当のおわり