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「シェーンベルク少尉でいらっしゃいますね」

除隊手続きが終り行く宛も無くうろついてる俺に、そう声をかけてきた奴がいる。 小柄な俺よりももっと小さい、鼠のような顔をした小男だった。返事もせずに、 うさんくさそうに眺めていると、

「私、通称『鼠』と申しまして、けちな情報屋でございます。旦那の腕を見込ん で是非やっていただきたい仕事がございまして。何、今迄旦那がやってらっしゃっ たことと同じですから、旦那には簡単ですよ。住む場所と身の周りの世話をする 者も提供しますし、金も少尉の月給の一月分ぐらいにはなりますよ。さあ悪いこ とは言わないから、こちらへどうぞ」

口を挟む暇が無いほど立板に水でまくしたてると、俺の右肘をつかんで歩きだそ うとした。俺はそれを振り払って、

「他人に利腕を預けるほど、俺は自信家じゃない」

と言った。鼠は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに感心した体で、

「ほう、さすがにプロフェッショナルでございますなあ。これは申し訳ありませ んでした。もう、お体には手を触れませんから、どうぞこちらへいらしてくださ い。いやはや、プロというのはきびしいものですなあ。その若さでそれだけ用心 することを覚えてらっしゃるとは。さ、さ、こちらへどうぞ。旦那なら本当に一 時間で済むような仕事ですから。得物の用意もしてございますし、適当な場所も 見つけておりますから、もう、すぐにでも仕事にとりかかれますよ。さあ、さあ」

ちょっと格好つけてみたかっただけの一言にこれだけ反応されると、さすがに辟 易する。しかも、それを見抜いた上でのセリフのように思えてげっそりしてきた。 俺は無視して大股に歩き出した。鼠は小走りに追いかけてきて、

「旦那、旦那。私を信用できないのは分かりますが、そっちへ行っちゃあいけま せんぜ。ようがす、報酬の前払いということで、少し情報をお教えしましょう。 旦那がいた小隊のうち三人が旦那をつけ狙ってます。小隊がつぶれたのが旦那の 所為だと思ったんでしょうな。今も、旦那の十メートル後に一人つけてますし、 右前方の角に一人隠れてます。まかないと危のうございますよ」

俺は振り返りたい衝動を抑え、サングラスを鏡代わりにしてさりげなく後を探っ た。確かに顔見知りがいる。隠れている方は確認できないが、確認できたときに は手遅れだろう。

「どっちだ?」
「こっちでございます。振り返らずに確認するなんざさすがにプロですなあ。そ れに判断も早うございます。旦那を選んで正解でございました。旦那は」
「少し黙ってろ」
「へい。ところで、」
「いいから黙ってろ」

鼠について行きながら、さっきの鼠の言葉を思い出していた。三人だと? 小隊の 編成は五人だから、俺を除いた四人の内三人が俺を狙ってるのか? やれやれだ。 どっちみち、俺は情報収集には向いてないので、情報屋がいると心強い。行く宛 も無かったことだし、ここは一つ乗ってみるか。


つづく