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それから二年近くの間は、月に二〜三回、狙撃の仕事をやって、残りは多少の訓 練をするだけで、平穏無事に暮らしていた。アパートは転々と引っ越したが、細々 したことは全部猫がやってくれるので全然苦にならなかった。あれ以来、俺は気 まぐれな猫に翻弄されっぱなしで自信を喪失すること甚しかったのだが、それは それで心地良かった。

俺をつけ狙ってた元同僚達の内、二人はなんとか返り討ちにできた。残るは小隊 長だけだったが、鼠の情報網を持ってしても行方が分からなかった。気にならな くは無いが、まあ、二年も根に持つとは思えなかったので、半分忘れていた。

ある日、鼠と一緒に狙撃地点に向かっていた時のことだ。鼠の額から突然血が吹 き出した。その直後に聞こえる銃声。倒れていく鼠。俺は近くの物陰に隠れなが ら状況を判断した。超音速の高速ライフル弾。後頭部やや上方から額の真ん中に 突き抜けている。音のタイミングからすると百メートル以内。あそこだ。敵の狙 撃地点を割り出した俺は、即死した鼠を残して、回りこみながらそこに向かった。

狙撃者がいつまでもそこに居るはずもなく、もぬけの空だった。しかし、そこに は薬夾が残されていた。よほど急いで撤退したのか、それとも俺へのメッセージ なのか。その薬夾は俺達の小隊で使っていたものと同じ種類だった。

鼠を残していった場所に帰ってみると、鼠の遺体は消えていた。しばらく探して 見つからなかったので、しかたなくアパートに向かった。気は進まないが、猫に 報告せねばなるまい。しかし、アパートに猫はいなかった。部屋はきちんと整頓 されていて、俺の私物以外は何も残っていない。どうやら俺は取り残されたらし い。

失なったものの大きさを何で計ればいいのだろう? いったい、これからどうすれ ばいいのだろう? 教えてくれる者は誰もいなかった。


つづく