「ありさ」

作 小坂 圭二、原案 青山 亘

1)

ありさは幸せになりたいと思う。でも、幸せってどういうことなのか、よく分 からなかった。生まれてから、まだ、二十年余り。幾度か恋もしてみたけれど、 それが幸せなのかどうかも分からなかった。一番楽しい時に、これが幸せかな? と思ってみたりもしたが、何か違うような気がした。でも、何がどう違うのか は、言葉に出来なかった。そして、それを恋人に伝えることも出来なかった。 それが原因で別れてしまったこともある。

久し振りに、わたると会った。わたるとは以前、恋人として付き合っていたが、 何故か別れてしまった。それ以後は友達として付き合っている。今でも大好き なのだが、恋はしていない。今思うと、ありさはわたるに恋をしたことなど一 度もなかったのかもしれない。でも、何故そう思うのか、それがどういうこと なのか、ありさは言葉に出来なかった。

「言葉に出来ないことが多すぎる」

口に出したつもりは無かった。ありさは他人が近くにいることをよく忘れる。 わたると一緒にいるときは特にそうだった。わたるをぞんざいに扱っているつ もりはなかった。そういうこととは全然違うのだ。言葉には出来ないけれど

とにかく、そのときも、そばにいるわたるのことは忘れていた。だから、わた るが何か言ったときも、自分の言葉に対する返事だとは、しばらく気がつかな かった。

「それって、禅の話?」
「……禅って、座禅を組んだりする、あの禅のこと?」
「そう。だって、言葉に出来ないことの話なんだろ?」

わたるの話によると、禅宗を始めたのは、よく知られているように、達磨大師 なのだが、禅の考え方は、お釈迦様にまでさかのぼるそうだ。ある日、お釈迦 様が何も言わずに、かたわらの花を捻ると、弟子達はみんなあっけにとられた のだが、摩訶迦葉(まかかしょう)という弟子だけは微笑んだという。それを見 たお釈迦様は、「言葉に出来ない教えは、摩訶迦葉に伝える」と言ったそうだ。 その教えは阿難(あなん)に伝えられ、さらに何代か経て達磨大師に伝えられた。

その話を聞いたときに、「言葉に出来ない思いを何代にもわたって伝える」と いう考えに圧倒された。そして、禅を調べれば、自分が求めているものが何な のか分かるかもしれないと、そのときは思った。禅は「思い」を伝えてきたの ではなく、「教え」を伝えてきたのだということに気がついたときには、もう 禅にはまりすぎていた。これからは禅の考え方にひきずられながら、禅とは微 妙に違うなにかを求めていくことになる。その違いが何かということも分かっ てるつもりだった。でも、ありさは、それを言葉に出来なかった

2)

それからの一ヶ月は、ありさにとって苦しい日々だった。

自分の中にある言葉に出来ない思いとは何なのか、それを伝えるということは どういうことなのか。ヒントはそこら中にころがってる気がするのに、それど ころか、もう分かってるような気さえするのに、やはり分からない。言葉に出 来ない。いや違う、言葉にしようとすること自体が間違っているのだ。では、 どうすれば……。そんなことの繰り返しだった。

ある日、わたると偶然出会った。いや、偶然というのは嘘だ。わたるに助けて もらいたくて、でも、それを認めたくなくて、わたるが居そうな辺りをうろつ いてたのだ。実際に会ってみると、つまらない意地をはる気は失せた。

「分からないわ」
「何が?」
「言葉に出来ないこと」

わたるは突然吹き出した。

「おまえ、言葉に出来ないことを分かろうとしてたのか。そういうものは、分 かろうとするものじゃなくて、悟るものじゃないのか?」
「あ、……」

その通りだ。何を血迷っていたのだろう?そんなことは最初から分かってたは ずなのに。結局、字面だけ理解して本当には分かっていなかったのか。

しかし、ありさはそこで考え込んでしまった。やはり分かってない。

「悟るってそういうこと?どうやれば悟れるの?」
「あのなあ、そんなことがすぐに分かるんだったら、坊さんの立場はどうなる んだ。素人が一月や二月悩んだところで……、まあいい、ダメモトだ」

わたるはそう言って、少しの間、ありさを見つめた。ありさはなんだかどぎま ぎしてしまった。

「いいか、ここにコップがある。中身がまだ入ってる」

自販機のコーヒーが入ったコップ。ありさが持っているのと同じ赤い紙コップ。 ありさはもう飲んでしまったけど、わたるはまだ全部は飲んでないようだ。

「こいつを……」

わたるは、もうすっかり冷めてしまったはずのコーヒーを、一気に飲み干した。

「こうやって、飲み干すと、中は空だ。このコップの思いが分かるか?」

いったいなんなんだ?そんなこと分かるわけないじゃないか。そう思いながら も、ありさはそのコップを見つめながら、必死にその意味を考えていた。

その時、わたるは不意にそのコップをくずかごに放り投げ、何も言わずに去っ て行った。

ありさの頭は空白になった。今のは何だ?何か意味があるのか?そう、意味は ある。その意味とは……、いや、まて。言葉にしてはいけない。言葉にしたら 壊れてしまう。つまり…、これが悟りなのだ。やっと分かった。言葉には出 来ないけれど

3)

どのくらいの時間、そうやって立ちつくしていただろう?今のありさには、時 間なんてどうでもよかった。今得た悟りは、もちろん、ありさの本来の悩みに 対応するものではない。わたるは、ありさに悟りというものを体験させたかっ ただけなのだ。自分の悩みについては自分で悟らなければいけない。ただ、今 の出来事で、ずいぶんゴールに近づいた気がする。もうすぐだ。何故そう思う のかは分からないけど、ありさは全然気にしなかった。

周りの景色がすごく新鮮に見えた。現在があまりに新鮮なので、過去がかすん でしまう程に。いつもの公園。家がひしめき合う中、無理矢理作ったような小 さな公園。滑り台、ブランコ、ベンチ、小さな鉄棒、ありさの背後の自販機、 申し訳程度の緑、誰が作ったのかよく分からないオブジェ(何を模したのかも 分からない)、砂場で黙々と山を作る男の子。目の前の現実が、ありのままに 見えた。

ありさは、右手に赤いコップがあることをふと思いだした。

「なぜだったかしら?わたしはどうして、こんなコップを持っているの?」

するとその矢先に、

「あっちゃん!待ちなさい!」

という女性の声が聞こえた。目の前を4才くらいの男の子が元気よく通りすぎ ていった。

ありさは、このとき久々にあのことから解放され、のんきな気持に見舞われた。 男の子は元気よく近所の家の壁に足の裏から衝突し、くるっと体をこちらに向 け、さらにより一層元気よくこちらに向かってきた。

このときありさは、「あ!」と声を出したっきり我を忘れて立ちつくしてしまっ た。

「……、このことだったのね………」

ありさの目から涙がとめどもなくあふれだした。

子供はすっかりびっくりしてしまった。

「ねえ、おねえちゃん。どうしたの?」

ありさは黙って右手のコップを左手に持ちかえ、その子供にそれを指し示しな がら一瞬笑った。

…………。

その子供と母親は、ありさの笑顔を再び見ないうちにその場を去らねばならな かった。

(完)