僕は困っていた。別に今置かれている状況に対してではない。確かに、喫茶店 で僕の横に突っ立ってるウェイトレスが悲鳴をあげて店中の注目を浴びること は困った事態には違いない。しかし、それは、どうせ一過性のものだ。そんな ことよりも、もっと困ったことがある。
猫が僕だけに見えたりさわれたりするのは普通では考えられないはずのことだ。 この現象は僕の幻覚であるとしか考えられない。普段から幻覚をよく見るわけ ではないが、だからと言って幻覚を見る可能性が無いわけでもない。幻覚なら どんなものを見ても不思議ではない。この説明はうまくいく。僕は自分にそう 言いきかせて、かろうじて納得しようとしていた。
しかし、このウェイトレスも猫を見てしまった。これはどういうことだろう? 二人で同じ幻覚を見たのだろうか?あまりありそうにない話だが。
つまり、目の前で起ったことの説明がつかなくて困っていたのだ。
とにかく、この場の収拾をつけなければならない。それには、店の中のことは 店の人にまかせて、僕がさっさと店を出るのが一番よさそうだ。僕は、アイス ティを一気に飲み干すと(ちぇっ、シロップ入れ忘れた)、レジに向かった。
店を出るときに店内を振り返ってみると、例のウェイトレスと目が合った。僕 は、これから行くつもりの公園の方を指差して、口の動きだけで「こうえん」 と言った。彼女が小さくうなずいた。意味は通じたのだろう。
僕は公園に向かってゆっくりと歩きだした。