「いわおとなりて」

ようこそいらっしゃいました。七曲八重子と申します。

岩男さんのお知り合いでいらっしゃるとか。本来なら私の方から 岩男さんの行方を申し上げに伺わねばならないところを、こんな辺 鄙な所へわざわざ足をお運び下さいまして、誠に申し訳ありません。

岩男さんは石野岩男という名前の通り、本当に頑固な人でしたね。 本人は「君が代の一節から名を取っただけであって、特に頑固だと いう意味は込められていない」と言いはってましたけど、あまりに 頑固に言いはるものですから、やはりあれは無双の頑固者だと町中 の評判でした。

私はというと、やはり名前の通り曲りくねった性格をしてまして、 昔、友人に「おまえは一見まともに見えるが、360度ねじまがって るからそう見えるだけだ」と看破されたことがあります。今だった ら何を言われようが平気なんですが、当時は、なんだかよく分から ないけど、ひどく腹の立った覚えがあります。図星だったからです かね。

そんな私が岩男さんとおつきあいするようになったのも、互いに 自分に無い部分に引かれたからなんでしょうね。見かけは普通の仲 のいいカップルだったんですが、私の心の中は、例によって、幾重 にもねじれてしまって、随分苦しい思いをしました。岩男さんの頑 固なまでにゆるぎのない愛がなかったらどうなりましたことやら、 見当もつきません。

あの日、もう一年も前になりますけど、岩男さんとピクニックに 行ったんです。あの人、名前のせいか、石やら岩やらが大好きで、 だから、あの日も川を遡って岩だらけの河原に行ったんです。あの 人ったらはしゃぎまわって、まるで賽の河原みたいだって言いなが ら、鬼の格好して走りまわったりして。足を滑らしてころんでしまっ て、岩で打った頭をさすりながら、照れ笑いしてましたっけ。

お弁当を広げてお昼にしたあとは、あの人もさすがに疲れたらし く、しばらく横になってたんです。それは静かな時間でした。川の せせらぎ、木々のざわめき、遠くで聞こえる鳥の声、そういった音 が、かえって静かさを強調しているようでした。

どのくらい時が経ったでしょう、あまりの静けさに圧倒されて、 ふと傍らをみると、あの人、息をしてなかったんです。脳内出血っ ていうんですか、さっきころんだときに、打ちどころが悪かったん ですね。「おれの頭は、そこいらの岩よりよっぽど堅いから大丈夫 だよ」なんて言ってたくせに……。

しばらく悩みましたが、そこに岩男さんを埋葬することに決めま した。あの人の好きだったその場所に葬ることが、あの人のためで もあり、私のためでもあると思えたのです。法律ではいけないこと になっていますけど。

一所懸命、石をかき分けて、あの人を埋めて、そのあたりで一番 目立つ赤い岩を墓標にして。全て終ったあとに、私は途方にくれま した。あの人がこの世にいないのに、私はどうやって生きていけば よいのでしょう?

自ら命を断つことも考えないでもなかったんですが、それも何や ら間違ってる気がしまして、結局、あの人のお墓のそばに、つまり ここに、小屋を建てて住むことにしました。ここにいらっしゃると きに、小川のほとりにひとつだけ赤い岩があったでしょう?岩男さ んはあそこに眠っています。帰りがけにでも手を合わせてやって下 さいな。

私はもうしばらくここで暮らします。せめて、あの人の墓石となっ たあの岩に、こけのむすまで。

(終)