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チャンマーが砲撃の準備を指示していた。二つのゼッフル粒子雲が丁度交差する
辺りに敵が来る。そこへ、ティーデマンの指示が出る。
「ファゾルト、砲撃用意……、射てっ!」
「射てっ!」
チャンマーの声が重なり、レールキャノンが発射される。
「突撃っ!!」
着弾の確認よりも早く、艦隊は動きだした。ちなみに、ティーデマンの指示によ
り、護衛艦隊は初号機残骸の上方に、工作艦部隊は下方に再編されていた。工作
艦部隊の足に合わせて、護衛艦隊は全速よりもやや遅目で進んでいる。
ファゾルトの初弾は見事に命中し、同盟軍艦隊はゼッフル粒子の作る炎に包まれ た。しかし、やはり威力は大きくなく、一分後に炎を脱した敵艦隊は、駆逐艦一 隻が煙を吐いてるだけで、ほぼ無傷だった。少なくとも物理的には。
そこへ、工作艦による第二射。敵の左のゼッフル粒子雲に命中。心理的に動揺し
ていた敵艦隊は右に進路を変更する。そこへ第三射。元々、敵の右にあったゼッ
フル粒子雲に包まれたタイミングでの砲撃である。駆逐艦がさらに一隻小破する。
「うまいじゃないか。これを狙って工作艦部隊を下に移しといたんだな」
のんびり観戦しているクラウスニッツが称賛の声を上げた。
「部隊長代理どのには思い付きませんでしたか?」
「そんなややこしいことをできるおっさんだとは思わなかったんだ。結構、芸が
細かいぞ、あの顔で」
「あの顔でってこともないでしょう」
ここで同盟軍艦隊は二つの失態を同時にしでかした。一つは迂回しすぎた一隻の 駆逐艦が通路の壁からはぐれてきた機雷に接触して中破したこと。もう一つは緊 張に耐え切れなくなった駆逐艦がビーム砲を射ってしまったこと。これが目の前 のゼッフル粒子雲に当たり、また一つ炎の雲が広がってしまった。もちろん、ビ ームは減衰しながらも雲を貫いたが、照準が出鱈目だったため、どこにも当たら なかった。
ここに至って、敵艦隊は反撃の機会を完全に失なってしまった。攻撃したときに 目の前にゼッフル粒子雲があれば、被害は少ないにしても一時的に視界が失なわ れる。しかも、ゼッフル粒子雲を避けようにも、どこにあるのか、にわかには分 からなかったのだ。もちろん、じっくり考えれば測定方法はあるはずなのだが、 その時間は与えられなかった。
そこへ、帝国軍の総攻撃が始まる。最初の一斉射撃で、戦艦大破、巡航艦は両方 とも撃破。次の一斉射撃は、残った駆逐艦群に対してのものになるはずだった。 しかしここで、一隻の駆逐艦がパニックに襲われていきなりワープし、その時空 震で周りにいた四隻の駆逐艦が新たに中破してしまった。
生き残った全ての艦から降伏の意志が伝えられた。
こうして、クラウスニッツ作曲・ティーデマン編曲/演奏による戦闘は、味方に 一隻の被害も出ない、パーフェクト・ゲームのまま幕を閉じた。