元同僚達をまいた後、最初の仕事は簡単に済んだ。鼠が指定した場所に行き、鼠 が指定した時間に、鼠が持ってきた銃を使って、鼠が指定した人間を狙撃する。 所要時間四十五分。
一仕事終わった後に下町のぼろアパートに連れてこられた。当分の間はここで住 めという。部屋に入った俺達を迎えたのは若い(といっても俺よりは十歳は上か?) 女性だった。かわいいとかきれいとか美しいとかいう表現よりも、妖しいという 表現が一番似合いそうな女性だ。
「こちらが、旦那の身の周りを世話してくれる、通称『猫』です。日常のことは
何でもいいつけてください。では、今日の所は私はこれで」
「おい、おまえは一緒に泊まらないのか?」
「野暮は言いっこなしですぜ、旦那」
鼠はにやにやしながらウインクして出て行った。
「猫と申します。よろしくお願いします。何なりと申しつけくださいませ」
背後で、甘ったるい声がした。振り返ってみると、猫が妖しい笑顔でこちらを見 つめている。
「シェ、シェーンベルク少尉だ。よろしく。と、特に指示はしないから、適当に やってくれ」
しまった、声がひっくりかえった。
「かしこまりました。なんでしたら、夜伽を御命じになられてもよろしゅうござ
いますのよ」
「そ、そ、そ、そ、それは、え、え、え、え、え、遠慮しとく。お、お、お、お、
お、お、俺はも、もう寝るから、あ、あ、あとは、て、て、て、適当にやっとい
て、く、く、くれたまえ」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
「お、お、お、お、おやすみ」
逃げ出したいような、抱きつきたいような、殴り倒したいような、ひれふしたい ような、殺したいような、殺されたいような、めちゃくちゃな感情の嵐に翻弄さ れながら、俺はぎくしゃくと寝室に向かった。
結局、その晩は緊張で眠れなかった。