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「伝達型文章の作文技術」:02-04

02: 書き方

02-04: 句と文


長いセンテンスは明晰さをそこなう
大野晋「日本語練習帳」

次のレベルは, 句と文である. この段階で重要なのは, 単語や文節の組合せ方 である.

・まぎれのない文

書きようによっては, 一つの表現が何通りもの意味に解釈できることがある.

木下是雄の「理科系の作文技術」[1]では, 「黒い目のきれいな女の子」に, 8 通りの読み方があるという報告が紹介されている. 「黒い」が修飾するのが 「目」か「女」か「子」か. 「きれいな」が修飾するのが「目」か「女」か 「子」か. その選択で, そのぐらいの種類の解釈が可能である.

単純なフレーズでも多義的な場合がある. 例えば, 「ハウルの動く城」は, そ れだけでは, 動くのがハウルか城か確定しない. 文法的には全く変わらない 「ハウルの働く城」と比べると, 分かりやすい. こちらは, 働くのがハウルで あるような印象が強い. 確定しないことに変わりはないのだが.

文学的な表現であれば, それでもよいのだが, 伝達型文章では, このような表 現をしてはならない. 「誤解できないように」書くことを木下[1]は勧める.

とはいえ, 文法的に可能な範囲を越えて誤読する人を気にしても, 無駄である. 日本語として(あるいは英語として), 誤読できないような表現を, 目指せばよ い.

そのためには, 語順を入れ替えて修飾語を被修飾語に近づけたり, 読点を使っ たり, カギ括弧の類を使ったりするのがよい. 完全な正解は無理でも, それに 近いものは実現できるであろう.

文学的に見えない表現でも油断してはいけない. 「全てのホウ素がキャリアを 放出していない」では, キャリアを放出するホウ素が, 「一つもない」と, 「一部しかない」との, どちらの意味にもとれる.

誤解できないように書くことがどうしてもできない場合や, たとえ書けても分 かりにくい場合は, パラフレーズするとよい. 同じ内容を別の表現で書くので ある. もちろん, パラフレーズしなくても分かる文章が理想ではあるが.

・短い文

分かり易い文を書くには, 一文を短くせよというのが, よく言われる. 「理科 系の作文技術」[1]でもそのことは触れられている.

これは, 長い文が読み手にとって読み難いという事情がある. また, 「破格」 の文になりやすいという事情もある. 文の途中で主語が変わったり, 始めと終 りがちゃんと対応してなかったりするのである. 格の正しい文が書けないのは, 読み手云々以前の問題として, 書き手の頭の中に一文が正しく収まりきってな いからである.

原則として, 一つの文では, 一つの事実か主張のみを述べるのがよい. あるい は, 二つの事実/主張を一つの文で対比させるのは可である. しかし, 三つ以 上の事実/主張が含まれた文を書くのは勧められない. そのような場合は, 文 を切ったほうがよいことが多い.

・基本文への追加

「日本語に主語はいらない」[2]によると, 日本語の基本文には, 以下の3種類 がある:

  1. 名詞文 (例: 赤ん坊だ)
  2. 形容詞文 (例: 愛らしい)
  3. 動詞文 (例: 泣いた)

つまり, 述語のみで基本文になるという主張である. この本を鵜呑みにするの は危険であるが, この考え方は, 文を作る出発点としてはよい.

例文を見て分かるように, 基本文は, 文として自立するというだけで, 意味を 確定する情報が全て含まれているというわけではない. 述語の主体などの情報 は欠けている. 分かりやすい文を書くためには主語を書け, というのはよく言 われる. これは逆に, 主語がなくても文として成立してしまうことを意味する.

意味がぶれないように文を書くための方法の一つとして, まず, 基本文を書き, そこに必要な修飾を追加することが考えられる. 必要な情報は, いわゆる主語 である場合もあるし, 目的語である場合もある. それらを形容する言葉である こともある. 文脈から確定される情報は, 特に分かりやすくするとき以外は書 かなくてよい. 伝わらなくてもよい情報も書かなくてよい. それ以外の情報は, 明示的に書くべきである. 書いてないことが伝わると期待してはいけない.

英語の場合は, 主語が基本文に含まれるし, 目的語や補語が含まれる場合があ るが, 原則的な取り扱い方は, 日本語の場合と同様にすればよい.

・前回の正解

最後に, 前回の正解を書いておく. 問題は,

  1. 明白な
  2. 明確な
  3. 鮮明な
  4. 明晰な

というそれぞれの言葉に続くのは, 「頭脳/意志/事実/視界」のどれが最も適 切か, というものである. 「日本語練習帳」[3]での解答は, 「明晰な頭脳/明 確な意志/明白な事実/鮮明な視界」となっている. 理由は, 同書に書いてある.


  1. 木下是雄: 「理科系の作文技術」, 中公新書624 (1981年).
  2. 金谷武洋: 「日本語に主語はいらない―百年の誤謬を正す」, 講談社選書メチエ (2002年).
  3. 大野晋: 「日本語練習帳」, 岩波新書 596 (1999年).

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