[prev][index][next]

「伝達型文章の作文技術」:02-03

02: 書き方

02-03: 単語の選択


「%%- 桃を食べよう、辞書を引こう。 %%-」
加藤洋太郎 (in fj.*)

あからさまな誤用は論外としても, 単語の選択や単語にあてる字の選択が最適 でなければ, 伝わりやすさが劣ることがある. 今回は, そのような問題に焦点 をあてる.

・字の選択

日本語には, 同音異義語が多数ある. 意味が明らかに違えば, 単なる誤変換で あるが, 意味が似ている場合は, もっと微妙な問題になる.

懸念の意味での「おそれ」に「恐れ」という字をあてる人がいるが, これは誤 用である. 定着した誤用だという説もあるが, わざわざ使う意味はない. 懸念 の意味なら「虞」という字が正しいが, 「おそれ」と平仮名で書くのが無難で あろう. 法令関係では, 平仮名で書くことになっているようだ. 「恐れ」は恐 怖が含まれる場合に, 「畏れ」は畏敬の念を表わす場合に使う.

「たとえ」という語は, 例としての意味なら「例え」を, 比喩としての意味な ら「喩え」を使う. 例というのは, 該当する集まりの中の要素であり, 比喩と いうのは, ある事柄を別の事柄になぞらえることである. その二つははっきり 区別できる. 「たとえ会えなくても」というときの「たとえ」は, 「たとい」 という言葉が転じたもので, 「仮令」などの字をあてる場合がある. これも平 仮名で書くのが無難であろう.

「異議」と「異義」は違う意味である. どちらがどのような意味なのかは, 読 者の宿題としよう.

残念ながら, この手の使い分け方を確実に知る方法はない. 辞書で調べ, 用例 を見, 漢字本来の意味を考えることを通して, 自分の言語センスを磨こう. やまとことばにあてる最適な漢字が分からなかったり, 伝わりにくい字であっ たりする場合は, 平仮名で書く方が無難である.

・単語の選択

ある事柄を表現するときの最適の単語は何か, という問題は, いつも悩みの種 である. というより, 悩むべき問題である.

大野晋の「日本語練習帳」[1]では, 最初に, 「単語に敏感になろう」という 章がある. 例えば,

  1. 明白な
  2. 明確な
  3. 鮮明な
  4. 明晰な

というそれぞれの言葉に続くのは, 「頭脳/意志/事実/視界」のどれが最も適 切か, という問題がある. 似たような意味の言葉の中での, 最適な選択に注目 した問題である.
# 「日本語練習帳」での解答は, 次回.

また, 「日本語の教室」[2]で, 大野は, 「東京へ行く/東京に行く」というフ レーズでの, 「へ」と「に」の使い分けを論じている. 「へ」は漠然とそちら の方向を目指す場合に使い, 「に」は終着点を示す場合に使うそうである.

この問題の正解も, 確実に知る方法はない. 最適な選択を見つけようとする姿 勢が重要である.

英語でこのような選択を考えるのは, 日本人にとっては困難である. ウェブス ターのような, 英語圏の人向けの英語辞書を参考にするのがよいとされる. 専 門分野で何か書く場合は, その分野の論文をよく読むことを勧める. そのよう な場合に使われる単語は, 限られている場合が多い.

・用語

使う用語の適用範囲は, 意識しておくべきである. 一般的に通用する言葉なの か, 専門用語なのか, もっと狭い業界用語なのか, 仲間内だけで通用する俗語 なのか. 自分が普通に使うからといって, 誰にでも通用すると思ってはいけな い.

用語を使う場合の心得としては, その意味を説明する用意をしておくことであ る. そうすると, 伝えるべき相手にすぐに伝わるかどうかの見当がつく. 意味 を聞かれて答えられないような用語は, 使うべきではない.


  1. 大野晋: 「日本語練習帳」, 岩波新書 596 (1999年).
  2. 大野晋: 「日本語の教室」, 岩波新書 800 (2002年).

[prev][index][next]