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「伝達型文章の作文技術」:03-01

03: 読み方

03-01: 行間を読むな


人間ならば誰にでも, 現実のすべてが見えるわけではない. 多くの人は, 見た いと欲する現実しか見ていない.
ユリウス・カエサル「内乱記」

・行間の意味

文芸作品を読む場合に, 行間を読めとよく言われる. 日本では, 小学生の頃か ら, そういう読み方ばかり教えられる. 国語の問題での模範解答が, 原作者の 意図とは違うこともあるが, それは致命的な問題ではない. 文芸作品では, 読 む人の数だけ違う解釈があってもよい. そのように読める作品を目指す小説家 もいる.

しかし, 伝達型文章の場合は, それでは困る. 伝えられるべきことは, 確実に 伝えられなければならない.

そのような文を読むときには, 行間を読まないことを勧める. 書き手の真意を 理解しようと努力する以前にするべきことがある. そこに明示的に書かれてい ることを, 確実に理解することである. 「行間を読むな. 行を読め」と主張す る人もいる.

それを理解していない人は, 明示的に書かれている内容を解釈する前に行間を 読もうとする. それは, 印象によって文章を判断することにほかならない. ひ どい場合には, そこに書かれている単語も文法も捻じ曲げて, 印象のみで解釈 することもある. 伝達型文章を読む姿勢としては, 言語道断である.

特に, 他者との議論において, 相手の発言の行間を読んだ気になり, 明示的に 発言した内容としてそれを扱うと, すれ違いの原因となる. 読めてしまった行 間は, 明示的に議論の遡上に乗せられるまでは, ただの推測である.

明示的に書かれていることを理解したあとには, その内容に対して自分なりに 考察するべきである. これは, 行間を読むという行為と, 似て非なるものであ る. 書き手の真意とは関係なく, 読み手独自の考察を加えるのである. そうす れば, 書かれている内容に対する理解が深まるだろう.

もちろん, 議論の戦術上, 相手の真意を推測したい場合もある. それが, あく まで推測であって確定情報でない, ということを忘れなければ, それほど危険 はない. ただし, その推測は, 書かれている内容を確実に理解した後に行うべ きである.

・行間に頼るな


日本人は省略レベルが高いので, 自明レベルの改善が必要です. 何かを書いた り話したりするときの省略レベルを, もっと低くすべきなのです.
小野田博一「論理的に考える方法」

何かを述べる場合には, 言外の意味を極力, 排さなければなりません.
小野田博一「論理的に考える方法」

対応する書き手の教訓は, 「行間に頼るな」ということになる. 伝えるべき内 容は, すべて, 明示的に表現するべきである. また, 明示的に表現されてない 内容が, 読み手に伝わると期待してはいけない.

これができないのは, 多くの日本人が持つ「明言を避けたがる心理」[1]のせ いだろう. その心理的抵抗を排して, 明示的に言い切る姿勢を持とう.

・星の王子さま

こういった主張に対して, 「星の王子さま」[2]の「ものは心で見る. 肝心な ことは目では見えない」というセリフを持ち出す人がいる. しかも, もっと明 確に説明してくれと言われたときに. たしかに, このセリフは, 一片の真理を 含んでいる. しかし, 言葉足らずの説明の言い訳にはならない.

訳者あとがきで池澤は, 主張する:

「ものは心で見る. 肝心なことは目では見えない」というキツネの言葉は名 言だが, しかしこの本ぜんたいをこれで要約したつもりになってはいけない. この本は要約できないことを伝えるために書かれた.

目では見えないことを伝えるのも, なかなか大変そうである.

そもそも, 言い訳に使う人達は分かっているのだろうか? 作中でキツネがこの 言葉を伝えるために, どれだけの手間をかけているのかを.

同様のことは, 禅を見ても分かる. 禅は, 不立文字(ふりゅうもんじ)の法を伝 えるためにある. つまり, 言葉にできない教えを理解するためのものである. この理解を悟りという. 悟りを開くために, 僧は, 大量の経典を読み, 日々の 生活を通して感じ取っていく. 言葉にできないことを知るために, 膨大な量の 言葉で埋めつくし, その隙間を時間をかけて読み取るのである.

言葉にできないことを言葉で伝えようと思ったら, 手間暇を惜しんでは絶対に できない. 伝達型文章には, 最も不向きな分野なのだ. 曖昧な言葉でお茶を濁 しておいて, 「分からない方が悪い」と言ってる場合ではないのである.

言葉にできないことは, 何をどう書いても, 伝わる保証はない. そんなことに 力を注ぐくらいなら, 言葉で伝達可能なことを確実に伝えるべきである. そう いう努力をすれば, 言葉で伝えられることが意外に多いことに気づく.


  1. 木下是雄: 「理科系の作文技術」, 中公新書624 (1981年).
  2. サンテグジュベリ著, 池澤夏樹訳: 「星の王子さま」, 集英社文庫 (2005年).

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