2)

リハビリといっても、特にすることがある訳ではない。ある日、暇を持てあまし たパウルが別荘の裏手にある湖畔の森を散歩していたときのことだ。

「リッター、早く来なさい。置いて行くわよ」
「はーい、シュザンナ様ぁ」

一人の可憐な少女と一人の少年がパウルの視界に入ってきた。パウルは思わず木 陰に隠れてしまった。

「なんで、隠れなきゃいけないんだ?」

そうは思ったが、一度隠れた以上、のこのこ出て行く訳にもいくまい。パウルは 木陰からそっと様子を窺った。幸い(かそうでないのか)二人はパウルに気付いて ないようだった。

「全く、リッターったら愚図なんだから。お前が別荘で退屈してるから、こうやっ て連れ出してあげたんでしょう? きょろきょろしてないで、さっさと来なさいよ」
「申し訳ありません、お嬢様。あんまり景色がきれいなものですから」
「つべこべ言ってないで。さあ、こっちよ」

そう言って少女は、パウルのいる木陰を真っ直に見た。そしてパウルを見付けた らしく、にっこりと笑ったのだ。パウルは、彼としては最大限に素早く、木の陰 に完全に隠れた。

「み、見つかった。どうしよう」

どうしようもこうしようもない。見つかったのなら普通に挨拶すればよいだけの 話なのだが、動転してしまったパウルはそれに気がつかなかった。挨拶しようと した相手に隠れられてしまった少女は(パウルから見えるはずのないことだが)立 ち止まって首をかしげた。

「どうなさいました、シュザンナ様?」
「……、何でもないわ。帰るわよ」
「えーっ? あっちへ行くんじゃなかったんですかぁ?」
「私に口ごたえする気?」
「い、いえ、滅相もございません」

声が段々遠ざかって行った。少し安心したパウルは木陰からそっと様子を窺った。 ところが、その瞬間を察知したように少女が振り返り、あっかんべーをしたのだ。

「お、お嬢様?」
「うるさい。何でもないったら何でもないの。だいたいお前は……」

再び隠れたパウルは、声が届かなくなってからも、たっぷり一時間の間そのまま 凍りついてしまった。


つづく