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古今東西、胸の鼓動が高なったときに異性が目の前にいれば、それを恋だと認識 してしまうことはよくあることだ。どきどきする原因がたとえ驚愕であっても恐 怖であっても、そんなことは関係ない。世にいう「一目惚れ」とは、その大部分 が実はそういうことなのだ。パウルもこの場合は、愛すべき多数派に属していた。 パウル・フォン・オーベルシュタインの、これが初恋であった。

「シュザンナ」

その名前には聞き覚えがあった。この森の向こうにはベーネミュンデ子爵家の別 荘があるはずだ。子爵にはパウルと同じぐらいの歳の令嬢がいて、その名が確か シュザンナ。

リッターという名前には聞き覚えが無かった。別荘に帰って子爵家の名簿を調べ てみても、それらしい名前は載ってなかった。しかし、年格好が該当する者が一 人いた。召使いヨハン・セバスチャン・フォン・ワイツェッカーの息子カール・ フォン・ワイツェッカーがそうだ。

「あの男、ほとんどペット扱いだったな。本人は気がついてないのだろうが」

パウルは口元だけで笑った。実は、たとえペット扱いでもシュザンナの傍にいら れる少年の立場をうらやんでいるのだが、パウル自身はそれを気付いていなかっ た。

それはさておき、パウルはシュザンナの情報を集め出した。情報収集は彼の得意 分野だった。写真、生年月日、星座、血液型、趣味、好きな男性のタイプ、……、 パウルの手にかかれば、集められない情報など無かった。

しかし、パウルにはどうしても出来ないことがあった。シュザンナに直接会うこ とである。人との付き合い方を知らないパウルは、どんな口実で会えばよいのか、 会って何を話せばよいのか、見当もつかなかった。

「所詮、俺もこの程度の男か」

そうつぶやいて、それっきりあきらめてしまうパウルであった。


つづく