リヴァモア日記:第11週

ディアブロ山と風の谷

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今日はイースターの振替休日かなんかで、研究所は休みである。 世間一般では休みではないらしい。

湯上さんと、この辺で一番高い山とやらへ行く。 フリーウェイの降り口が分からなくてちょっと迷うが、 何とか正しい道を見つける。その後もう一度道に迷う。 やっと正しい道を見つけて、後は順調に目的地に向かう。 ディアブロ山という所で、州立公園になってるようだ。 なんか道が悪いなあと思ってると、門にたどり着く。 ここも車一台あたり5ドルだ。

ここはヨセミテにあるような岩山と違って、土でできたなだらかな山である。 しかし、道が狭い上にエスケープ・ゾーンが少なく、ガードレールも無いので、 相当に恐い道ではある。先が見えない所で急に曲がられた日にゃあ、 知らないうちに空を飛んでたということになりかねない。

しかし、緑はヨセミテに負けず劣らず美しい。 サンフランシスコまで来たが、ヨセミテまで行く根性がない方にはお薦めである。 半分の時間で来れて、これだけきれいな所に行けるのだから。
# でも、季節や天候によるか。

門でもらったパンフレットによると、ディアブロ山の高さは 3849フィートだそうだ。えーっと、とりあえず1000m級の山やな。 その割には、自転車を追い越してきたぞ!?

途中にピクニックやキャンプや乗馬が出来る所がある。 所々「馬の横断歩道」なんてのがある。三叉路になにやら建物がある。 パンフを見ると、Junction Ranger Station とあった。

頂上にたどり着く。眼下は見渡す限りの雲海である。 晴れていればサンフランシスコが見えるはずなのだが、見渡す限りの雲海である。 飛行機に乗ってるようで気持良いことは確かだが……。 方角によっては晴れてる所もある。ふもとの町が箱庭のように、かわいく見える。 でも、サンフランシスコの方向は見渡す限りの雲海である。 ちくしょ〜〜〜〜!!

頂上には博物館と店がある。しかし、月曜は定休日であった。

なんとなく消化不良のまま、来たときとは別の道で山を下りる。 緑と雲海はきれいなんだけどなあ。サンフランシスコを見たかったぜ。 I shall return だ、こんちくしょう。

下りる途中でリスを見かけた。まともに川もないのに、どうやって水を 確保してるんだろう?

何回か自転車とすれちがう。頂上付近ですれちがう自転車は相当ばててるが、 ふもとですれちがう自転車は元気だ。それにしても1000m級の山を 自転車で登る気になるかね?

帰る途中で昼食をとる。もう2時半か。

リバモアに帰ってきたものの、夕食までには相当時間がある。 そこで、湯上さんがこの前見た 風車群へ近寄ってみようと言いだす。おもしれえじゃねえか。

湯上さんの奥さんは、この風車群を見たとき「風の谷だ」と言ったそうな。 言い得て妙である。

まず、一回目のチャレンジ。フリーウェイを適当な所で下りる。 風車のある山々のふもとまでは行けるのだが、風車の近くへ行けそうな道がない。 たまにあってもゲートが閉まっている。そのゲートの向こうに牛がいるのが なんかくやしい。そうこうしているうちにリバモアに戻ってしまう。 フリーウェイを下りてからそこまでの分岐は二つ。くねくね曲がって、 結局、山をぐるっと回っただけのようだ。

再度チャレンジ。同じ所でフリーウェイを下りて、 最初の分岐を逆に曲がってみる。今度は谷をくぐり抜けている。 やはり風車に近づけそうな所は門が閉まっているので、 一度止まってゆっくり見てみると、電力会社の注意書きがあって、 authorizeされた者でなければ、入ってはいけないそうだ。 だったら、中にいる牛はauthorizeされた牛なんだろうか?

結局、風車が大きいことは分かっても、風車の大きさを実感できなかったなあ と思っているうちに、どこに向かってるのか分からなくなってきた。 山は越えてしまって、平地に出てしまったようだ。 とりあえず、帰る方向と思える方向に言ってみる。

道がまっすぐである。はるかかなたに、この道の消失点が見える。 地平線の向こうまでまっすぐである。適当な所で直角に曲がってみる。 やはり消失点が見える。定規でひいたような道だ。

その調子で30分ぐらい進んだだろうか?さすがに地図を見てみる。 その30分の間に50kmぐらい進んでるはずである。やはり方向が間違っていた。 引き返す。

フリーウェイに近づく方向に行ってみる。地図の上で交差しているから 大丈夫だろうと思ったのだが……、乗り越えてしまった。 交差は交差でも立体交差である。

再び引き返して別の方向からアプローチ。今度は乗れた。 やがて無事にリヴァモアへたどりついた。

腹が減らないので、しばらくリヴァモアの中をうろついたが、 やがてあきれめて花菱へ行く。今日は湯上さんのリヴァモアでの 最後の夜なので、飲むことにした。(といっても、いつも飲んでるが)

いつものように送ってもらって、いつものように別れた。 これで、しばらくは湯上さんと会えないだろう。


[後日談] あの風車群のあった所は アルタモントという 所であることが後に分かった。


(4月9日・火曜日) : [次の日] ; [前の日] ; [次の週] ; [前の週] ; [目次]

帰りの飛行機の席を予約するのを忘れていた。UAの日本語サービスに 電話をかけてみる。 (こちらに来て二ヶ月以上経つというのに、英語では電話のひとつも まともにかけられない。日本の英語教育のまずさを恨む前に、 努力を怠った自分を責めるべきか?)

5月の始めなんて無理だろうなと思いながら聞いてみると、 11日しかとれないという。こちらに一週間長くいるのは大変結構なのだが、 帰ってからするべき補講が四っつ増えるのはせつないぜ。


(4月10日・水曜日〜4月11日・木曜日) : [次の日] ; [前の日] ; [次の週] ; [前の週] ; [目次]

日本語環境の構築を試みる。いまひとつである。


(4月12日・金曜日) : [次の日] ; [前の日] ; [次の週] ; [前の週] ; [目次]

日本語が読める方法を偶然見つける。さっそく入力方法を用意する。
(偶然というのがなさけないなあ。技術力がない)

これで日本語の入出力が出来るようになったので、 日本に帰ってるはずの湯上さんにe-mailを出しとく。

げっ!!もう8時だ。他の連中への連絡は週開けでいいか。


(4月13日・土曜日〜4月14日・日曜日) : [次の日] ; [前の日] ; [次の週] ; [前の週] ; [目次]

いつだったか、シューキョー関係のビラがアパートに放りこまれてたことがある。 当然キリスト教関係なのだが、日本語だったのは何故だろう?

もっと前の話になるが(たぶん第二週ぐらい)、花菱のおばさんが カセット・テープを貸してくれたことがある。一つの箱は演歌ばかりだったが、 もう一つの箱は、コックさんの趣味だろうか、いわゆるニューミュージックが 入っていた。その中に初期の松山千春のテープがあって、その中の一つの歌の 歌詞に、「ぼくは今夜も酔っています。そうです今夜も酔っています」 という部分があるが、最近はそれを聞くたびに耳が痛い。

何でこんなことを書いてるかというと、一つは書き忘れたからだが、 一つは今日書くべきことがないからである。 「書くべきことがなければ書くな」という意見もあるかもしれないが、 それはそれでもっともなことだと思う。

いずれにせよ、第十一週が終わる。