7)

指揮官席のアラームの音でクラウスニッツは目覚めた。大あくびをしながら、返 答を期待せずにつぶやいた。
「まだ、なにも起こってないようだな」
「今のところ敵影は見付かっておりません」
意外に近くから即答が返ってきた。かたわらにマートブーホが控えていた。
「ん、もう戻ってたのか? 早かったな」
「いつ敵が来るか分からないので、一五分も早く戻ってきてしまいました」
「で、一五分もそこで緊張しながら控えてた訳? 神経保たないよ?」
「いえ、部隊長代理どのの寝顔を見ると安心しましたから。充分にリラックスし てます」
「男の寝顔見て、なにがうれしいんだろうね。それに、いつ敵が来るかは分から ないけど、いつ敵が来ないかは分かるだろ?」
「は?」
「キルヒアイス艦隊が主戦場に到着して、それを発見した敵さんがキルヒアイス 艦隊やその他の帝国軍を迂回しつつ機雷原の通路を偵察に来る。到着はいつだ?」
「えっと……、あと三〇分は来ないですね」
「だろ? ティーデマンの偵察隊からの報告にしても、敵の到着二〇分前、早くて も今から一〇分後だな」
「ああ、それで小官に任せて、悠悠とお休みになられてたんですね?」
「眠いから寝ただけだ」
どこまで本気でどこから冗談か判断できないマートブーホは、愛想笑いでごまか すしかなかった。ひょっとすると全部本気かも知れないと思うと、笑いもひきつ り気味だった。

「ほっとしたところで思い出したんですが、『さっき置いといた話』ってのはな んだったんです?」
「なんだ、そりゃ?」
「ほら、ティーデマン護衛艦隊司令との最初の通信の後になにか言いかけたじゃ ないですか。後で考えたら、ローエングラム元帥閣下の片腕がどうのって話じゃ ないかと思うんですが」
「君もつまらんことをよく覚えてるなあ」
「記憶力は人一倍いい上に、途中で終わった話は気になる性質なんです」
「まあいい、元帥閣下は片腕を遠くに置いといて不便じゃないかって話だったな。 あれは分かった」
「どう、分かられたのでしょうか?」
「簡単なことだ。腕が三本以上あれば、そのうち一本を遠くに置いても不便じゃ ない。それだけだ」
「……ナルホド」
「聞くんじゃなかったって顔だな」
「はい。あっ、いいえ、お聞きしてよかったと思います。明解なご回答、ありが とうございます」
深々と頭を下げながら、どうやらクラウスニッツの冗談は受け手を選ぶらしいと、 マートブーホは婉曲に判断した。


つづく