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「学費の返済が免除されるまで働いたら、こんな仕事はさっさと辞めたいもんだ」
カール・ゲルハルト・クラウスニッツはつぶやいた。
「またお辞めになる話ですか、大佐?」
「暫定大佐だ、マートブーホ大尉。まだ正式には大佐じゃない」
「この任務が終ったら正式に大佐になられますよ」
「だからいやなんだ」

「アムリッツァ会戦」で予想外の手柄を立ててしまったクラウスニッツは二箇月 の研修を経て正式に大佐に予定である。その研修の総仕上として、輸送艦隊の護 衛艦隊を率いることになった。目的地は因縁のアムリッツァ星域である。艦隊規 模は巡航艦一隻、駆逐艦九隻の計一〇隻であり、艦隊司令クラウスニッツ、副官 には大尉に昇進したマートブーホ、研修の指導および審査をするゾントハイマー 大佐等が旗艦として使っている巡航艦フェンリルに乗り込んでいる。

「でも、そんなことをあまり仰らないでくださいね。士気に関わりますから」
「大丈夫だ、ちゃんと遮音力場を張ってある」
「でも、ゾントハイマー大佐は遮音力場を透過する装置を持ってるって噂ですし」
「デマだな。原理的には可能だが、今の技術じゃ駆逐艦のエンジン程度の出力が 必要になる。ポケットサイズのものを開発しようとしたら帝国軍中央研究所が総 力を結集してもあと十年はかかる。それより早く開発できるところは帝国内には 無い」
「司令官どのの御存知ない秘密の研究所があるかもしれませんよ?」
「それでも無理だ。技術開発というのは一つのアイデアで全て済むわけではない。 結果を出そうとしたらそれなりの水準の人手とそれなりの金や物資が必要だ。そ れらなしで開発するのは寡兵を以って大軍にあたるのと同じで、極めて成功率が 低い。それに、秘密裏に開発するというのはすごく効率が悪いことなんだ。ある 程度の規模の技術者集団に公開しないと、大規模なブレイクスルーは見込めない」
「そんなものですか。では、どうしてそんな噂がたったんでしょう?」
「情報収集の技術を持ってるんだろう。読唇術って手もあるし、間接的に聞きだ すって手もある。この周りはちゃちな録音装置に対してもプロテクトしてるから、 まず大丈夫だ」
「そうですか。なんだか少し安心しました」


つづく