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古代の神話によれば、ヴァルハラが崩壊した「神々の黄昏」のとき、フェンリル がオーディンを倒し、ガルムがトゥールと相討ちになったという。クラウスニッ ツはたまたまそれを知ってたのだが、ヴァルハラが崩壊するとかオーディンが倒 れるといった不吉な話が士気に影響することを恐れて誰にも言わなかった。たと えトゥールが敵の手に渡ったとしても。
「あの若者なら、そんなことは恐れないんだろうがな」
一度遠くで見かけたラインハルトの姿をクラウスニッツは思い出した。

「準備が完了しました」
「ご苦労。敵の動きは?」
「ありません」
「じゃあ、時間が来たら勝手に始めてくれ」
短いやりとりの後、間も無く作戦は開始された。

まず、後方に退避していた輸送艦の一隻がショートワープで敵の鼻先に現われた。 敵艦隊はあわてて戦闘準備を始め、悠然と近づく輸送船を警戒しながら取り囲も うとした。輸送艦は完全に包囲される直前に敵巡航艦を目がけて猛然と加速した。 体当たりを避けて回避運動をする巡航艦をレーザー砲で砲撃した輸送艦はランダ ムな方向転換を繰り返しながら周囲の敵艦を砲撃し始めた。

輸送艦といえども、その機動性は戦艦並である。あばれながら砲撃を加える輸送 艦に手を焼いたガルムの牙艦隊は、輸送艦の鹵獲を諦めて反撃を開始した。輸送 艦は間も無く撃破されたが、その直前に輸送艦が発した合図によって、砲撃を開 始したときからばらまいていた機動機雷が目を覚ました。

機動機雷の掃討が一段落させたガルムの牙艦隊がようやく周囲の状況に目を向け る余裕ができたときには巡航艦一隻中破一隻小破、駆逐艦一隻大破二隻中破四隻 小破と、撃破こそ無いものの戦闘能力が数割減少していた。しかも、潜在的な機 雷原の真っ只中にいるかもしれないという事実が機動力を多きくそいでいた。

このとき、クラウスニッツ艦隊は既に先程の宙域になく、巡航艦フェンリルのみ がその方向から射程内に入ろうとしていた。


つづく