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「ローエワルト伯領へ向かう」
幹部会議でクラウスニッツはそう宣言した。
「でも、敵主力は現在ヒルデスハイム伯領に……、あ、キルヒアイス提督がカス トロプで使った手ですか?」
「似たようなものだな。ただ、ローエワルト中将ほどの名将が待ち伏せに引掛る とは思えない。引掛るとしたら猪武者の方だけだが、ローエワルト中将が忠告す るだろうからこっちも望み薄だな」
「猪武者って……、ああ、ブラウエベルク少将ですが」
「他に誰がいる。ビッテンフェルト提督はこの近くにいないぞ」
「か、閣下、その発言ちょっと危険ですよ。それに近くにはティーデ……、あ、 いや、なんでもありません。それはともかく、見破られると分かってるのに何故 この手なんですか?」
「ティーデマンを猪武者と呼んだことはないぞ」
「勘弁してくださいよお」
しきりに汗をかいてるマートブーホを見てにやにやしていたクライスニッツは不 意に表情をひきしめた。
「この手の辛辣な所は分かってても動かざるを得ない所にある」
「放置すれば手薄な本拠地を占領される。動けば小要塞と切り離される」
「そういうことだ。ついでに用兵速度の差からブラウエベルク艦隊とローエワル ト艦隊を各個撃破できれば楽なんだけどなあ。まあ、とにかくやってみよう」

こうして、一旦はヒルデスハイム伯領に向かって進軍していたクラウスニッツ軍 はローエワルト伯領へと転進した。ヒルデスハイム伯領に近づいてから転進した のも計算の上である。早く気付いてもらわないと面倒な地上占領をする羽目にな る上に、下手をすると敵の本拠地で決戦することになるからである。

「今回は戦わんといかんよなあ、やっぱり」
牽制だけで済めば楽でいいと思うクラウスニッツではあったが、なかなかそうも いかない。今回の作戦の影響でローエワルト伯はうかつに本拠地を出られなくな るだろうが、そうなったらなったで最終的に屈伏させるときにやっかいである。 そうなる以前に「同程度の兵力に負ける」という経験をさせとかないと、用兵に 絶対の自信を持つローエワルト伯は抵抗を止めないだろう。
「はてさて、難儀なことだ」
そうつぶやいて、三日後と想定される決戦に向けて寝溜めをするクラウスニッツ であった。


つづく