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「マートブーホ中佐、我等が『眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)』の 様子はどうです?」
「あ、ウィルソン中佐。美女なんてここのところ見た覚えがないですが、どなた のことです?」
ウィルソンは直接は答えず、空の指揮卓をちらっと見た。
「え? ク、クラウスニッツ閣下ですか?」
「なかなかの美人だと思いませんか?」
「ええ? いや、頭の中はすごいですが、外見は……。そもそも閣下は男じゃない ですか」
「そろそろ起きていただいた方がいいんですが、王子さまのキスがないと起きな いのかなと思いまして」
「その王子さまの役を誰がやるんですか? 私はいやですからねっ! 絶対いやです から! 死んでもいやですから」

「かけあい漫才の途中、申し訳ありませんが」
例の口調でオペレーター割り込んできた。
「敵か?」
寝癖のついた頭で艦橋に姿を現わしたクラウスニッツが訊ねる。
「敵です」
「規模は?」
「先頭に約三〇〇隻、真中に約五〇〇隻、後方に約二五〇隻。一列に並んで真っ 直こちらへ来ます」
「間隔はどのくらいだ? 時間的に」
「此我の距離が一〇時間、その向こうは一時間ずつです」
「そうか。マートブーホ、八時間後に第二級臨戦態勢、その一時間後に第一級臨 戦態勢に入る予定だ。それまでに交代で休ませとけ」
「了解」
「それから、一時間後に作戦会議を開くからティーデマンにも知らせとけ」
「御意。それにしても思ったより多いですね」
「うん? ああ、最後の二五〇隻はほとんど相手にせずに済むだろう」
「そうなんですか?」
「まあ、あとで話すよ」

「敵は第一陣でこちらの態勢を崩して第二陣でとどめを刺すつもりだろう。その つもりで先鋒にブラウエベルク、次鋒にローエワルトで来ている。こちらとして はそれを逆手に取って各個撃破したい」
作戦会議はクラウスニッツが口火を切った。
「第三陣はどういうことでしょうか?」
マートブーホが質問する。
「あれは多分偽装だ。造船所の二〇〇隻を出してきたんだろうけど、時間的にも 人数的にも、まだ使いものにならんはずだ。本体から五〇隻ほど割いてそれらし く見せるつもりだろうけど、大した戦力にはならんだろう」
「もし違っていたら……」
「そのときは他の部分が手薄になってるってことだ。とにかく、こっちとしては 先頭から各個撃破するしかないだろう」
「御意」
「ブラウエベルクに対しては円錐陣型で足止めしといて開口部を閉じて包囲する。 そのあとで頂点を開いて後に逃がす。ローエワルトは円形陣で輪切りにする。基 本的にはこんなところでいけると思うがどうだろう?」
「大丈夫そうな気がしますね」
「やってみんと分からんが、悪くはねえな」
「敵の情報をもう一度分析してみないと、なんとも言えません」
三人が口々に答えるのを見たクラウスニッツはすっくと立ち上がった。
「じゃあ、その線で少し煮詰めてくれ。ティーデマンは適当な時期に引き上げて くれ」
「閣下は?」
「寝る」


つづく