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「マートブーホ、敵さんの様子はどうだい?」
艦橋に戻ってきたクラウスニッツが訊ねた。
「先頭集団が増速して接触が一時間ほど早まりました」
「じゃあ、一時間後には接触か?」
「はい。ティーデマン准将と協議して三〇分前に第二級臨戦態勢に移っときまし た」
「上出来、上出来。第一級はすぐじゃなくても大丈夫だろう? 三〇分後でどうだ?」
「御意。その予定を通達しときます」
「第二陣と第三陣はどうしてる?」
「第一陣から一時間半遅れて第二陣、さらに一時間半遅れて第三陣です。どうい うつもりでしょうか?」
「さあな。ブラウエベルクがしびれを切らしただけじゃないか? まあ、どんな意 図があったとしても敵が互いに離れてくれた方がこっちには都合がいい。予定通 りで大丈夫だろう」

この時点でクラウスニッツはローエワルトの作戦をほぼ見切っている。全艦隊を 高速機動集団と後方支援集団に分ける。ブラウエベルクの高速機動集団による一 撃離脱で敵を混乱させ、ローエワルトの後方支援集団の火力で敵を圧倒する。

実はこの作戦は、丁度同じ頃にキフォイザー星域で行なわれたキルヒアイスの作 戦と類似している。クラウスニッツはその事実を知らなかったが、もし知ってい ればこう言っただろう。
「我々はリッテンハイム軍のような烏合の衆とは違う。明確な戦術構想によって 有機的に結合した戦闘集団である」
それは全くの事実であり、そのため劣勢のブラウエベルクがクラウスニッツ軍を 決定的に混乱させるには一つしか方法がない。旗艦を中心とした中核戦闘部隊を 殲滅することである。

ローエワルト等には実のところ選択の余地はなかった。行動速度の差と連携プレ イのまずさによる各個撃破の危険性を承知の上でこの作戦をとったのは、他にロー エワルト、ブラウエベルクという二人の指揮官の能力を最大限に生かす方法が無 かったからである。

「そのような制約は同情に値するが、我が軍としてはそれを利用させてもらう」
クラウスニッツはマートブーホにそう語っている。

ウィルソンの情報によって相手の意図をほぼ正確に見抜き、此我の戦力差も明確 に把握したクラウスニッツは奇策を弄する必要なしと判断し、逆に圧倒的な火力 の差によって敵の奇策を封じる手を選んだ。

「この規模の戦いで障害物もないとなると、少々の小細工じゃどうしようもない からなあ」
椅子の上で胡座をかいたクラウスニッツは頭をかいた。

一時間後に戦闘は開始された。


つづく