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ブラウエベルクは紡錘陣型で真っ直突っ込んでくる。クラウスニッツはそれを円 錐陣型で迎え撃つ。予想通りの行動に対する予定通りの対処である。

しかし、ブラウエベルクは予想外の行動を見せる。激しい砲火をかいくぐりつつ 円錐陣型の開口部に達したブラウエベルクは巧みな陣型再編を行ない、瞬く間に 円筒陣型に変化したのだ。短時間のうちに、クラウスニッツは自軍の大部分から 切離され、三〇隻程度の味方と共に敵軍の作る円筒の中に取り込まれてしまった。

「誰だ、あれを猪武者と言ったのは」
クラウスニッツのその声には称賛の色が含まれていた。
「こ、後退しますか?」
「馬鹿言え。囲まれた艦は全速前進だ。全滅する前にこの円筒をくぐり抜ける」
「了解。オペレーター、包囲された艦に通達しろ。全速前進だ」
指示を出したマートブーホだが、未だ不安の色は消えなかった。
「大丈夫でしょうか?」
「ま、なんとかなるだろ」

クラウスニッツは一瞬にしてブラウエベルクの行動を理解していた。

二乗則によれば、クラウスニッツ軍一〇〇〇隻対ブラウエベルク艦隊三〇〇隻が 正面からぶつかるとブラウエベルク艦隊が全滅した時点でクラウスニッツ軍は五〇 隻足らずの被害しかない。数字だけ見ればブラウエベルク艦隊の惨敗である。

しかし、その五〇隻足らずの中に旗艦が含まれていたらどうだろう? 指揮系統を 失なったクラウスニッツ軍は後に控えているローエワルト艦隊の格好の餌食とな る。しかも、旗艦を円筒陣型の中に取り込みさえすれば、旗艦から切離された円 筒の外側は烏合の衆と化すだろう。その間にゆっくりと旗艦を撃破すればよい。

ブラウエベルクのこの読みには二つの誤算があった。

一つはクラウスニッツ軍が二つの旗艦を持っていることだ。旗艦ローゲとの通信 が断絶した艦は自動的にティーデマンが乗っている第二旗艦エルザの指揮下に入 る。ティーデマンは予定通りブラウエベルク隊を包囲し、苛烈な砲撃を加えるだ ろう。

もう一つはクラウスニッツ軍特有の標的選択システムの存在である。これは、ク ラウスニッツが護衛艦隊を率いたときに作ったプログラムを改良したもので、砲 撃が分散しないように、かつ、無駄に集中し過ぎないように標的を選ぶ補助シス テムである。これによって、大して熟練していない艦隊でも同盟軍のヤン・ウェ ンリーに匹敵する程効果的な一点集中砲火が実現できる。このシステムのおかげ で、ブラウエベルク艦隊の消耗は予想よりも三割方早かった。

これらの条件により、「怒涛のブラウエ」はその駿足を生かして速やかに戦線を 離脱するか犬死にするかの二者択一をせまられる。まさか後者を選びはしないだ ろうから、ブラウエベルクが前者を選ぶことに賭けて、最速で円筒をくぐり抜け ることにしたのだ。

「ティーデマンがうろたえでもしたらやばいが……」
クラウスニッツはぼそぼそとつぶやいた。
「そこまでかわいげのある奴じゃないか」


つづく