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「それにしても、よくあんな作戦がうまくいきましたね」
「覚えとくといい。名将を相手にするときは計算し尽くした行動だけじゃだめな んだ。その計算を上回るからこそ名将と呼ばれるんだからね」
「それで人為的な判断をあえて避けてランダムなタイミングにしたんですね」
「もっとも、数で圧倒してるときじゃないと、極端に成功率の低い手だけどね」

「向こうが残した二〇〇隻の艦艇はどうしましょう?」
「ありがたく頂いておこう。と、言いたいところだが、罠でも残してるかなあ? こういうときにシュムーデさんがいると便利なんだが」
「前にも話題に出た方ですね。どんな方なんですか?」
「爆弾処理には割と定評のある人でね。まあいいや、いない人のことを言っても しょうがない。ブルクにでもやらせるか」

「五時の方向より艦艇群接近。約五〇〇隻です」
オペレーターが報告した。
「ヒルデスハイム伯領の方向か? 誰だろう?」
「艦艇群より入電」
「読み上げろ」
「我に敵対の意思無し、交渉を望む、銀河帝国軍中将カール・ロベルト・シュタ インメッツ……、以上です」
「シュタインメッツ中将? なるほどね。通信回線を開け」

シュタインメッツの申し出は治安維持のためにヒルデスハイム伯領を一時的に管 理したいということであった。そして動乱が収まったあかつきには---必ずロー エングラム陣営の勝利で終わることを信じてやまないが---自分の勢力範囲の全 てをローエングラム元帥に差出すことを希望し、その希望をキルヒアイス提督に 伝えて欲しいとのことであった。

クラウスニッツは幕僚達と協議した結果、自分の権限の及ぶことではないが意向 は必ずキルヒアイス提督に伝える、その結果が出るまでの間にヒルデスハイム伯 領を管理する分には敵対行為とは看倣さない、おそらく動乱終結まで管理してい ただくことになるのでそのつもりでいて欲しい、という回答を送った。

ついでに、ローエワルト軍が残していった二〇〇隻の処分も、罠の可能性を示唆 した上で、シュタインメッツに一任した。自分で処理するのが面倒なので押し付 けたのである。

「やれやれ、これで一見落着かな?」
自室にウィスキーを持ってきてくれたマートブーホに対してクラウスニッツは言っ た。
「結局どのくらいやられた?」
「一〇〇隻ですね。向こうは四五〇です」
「結構やられたなあ。一割やられたら勝っても誇り得ないとはいうが、最初と最 後の被害が結構あったからなあ。まあ、済んだことを言ってもしょうがない。負 傷者の収容が終わったら出発準備にとりかかってくれ」
「了解しました」

「なあ、マートブーホ」
部屋を出ようとしたマートブーホはその声を聞いて振り返った。
「アムリッツァのときにキルヒアイス提督に聞かされたんだが、あのときのマー トブーホとティーデマンの活躍は予想外だったらしい。何でそうなったのかを聞 かれたんだが、あの頃はさっぱり分からんかった」
「今は分かるんですか?」
「分からんさ。ただ、僕が頼りないからかもしれんなと漠然とは思うがね。僕に 欠けた部分を補ってくれてるんだと。予想外の活躍をした人間としてはどう思う?」
「分かりませんよ、そんなこと。あのときは夢中でしたし、今でもそうですから。 私がかつぎ出したんだから自分がこの人の手助けをしなくっちゃ、とは思いまし たがね」
「ふうん、そんなものか」
クラウスニッツは三秒ほど黙り込んで、ふと気がついたようにマートブーホに笑 いかけた。
「準備ができたら適宜出発してくれ。キルヒアイス提督と合流する」
「御意。ゆっくり寝てらしてください」

しかし、キルヒアイス艦隊と合流した第一三独立分艦隊の中にはクラウスニッツ の姿はなかった。


つづく