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皇帝を暗殺するのは難しい。宮廷内に強力なコネでもあればなんとかなるのだが、 せいぜい帝国騎士の称号しかない下級貴族にそんなコネがあるはずもない。情報 網を張るのが精一杯だ。しかも、暗殺に成功したからといってどうだというのだ。 老人が一人死ぬだけだ。遅かれ早かれ、第三第四のベーネミュンデ侯爵夫人が生 まれるだろう。

ならば、帝国の屋台骨を揺がすようなことをしなければ意味がない。帝国の敵と なると、当然、自由惑星同盟だが、奴等もあてにならない。万が一、奴等が勝ち 続けたとしても、フェザーンがしゃしゃり出てくるに決まってる。だから、帝国 を内部崩壊させる方が、まだ実現させやすい。だが、どうやって?

ここは、パウルの「ナンバー2有害論」を逆手にとるか。組織を不安定化させる ために、自他共に認める第二人者を作る。これでなんとかなるだろう。

現在、皇帝に次ぐ者と言えば、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の二 人、やや落ちて国務尚書リヒテンラーデ侯。三竦みの状態では現状の打破は望め ない。かと言って、この三者のいずれかに肩入れしても帝国の体質は変わるまい。 それよりも軍人の方が都合がよい。専制君主国家における突出した才能を持つ将 軍。これが何を意味するかは歴史が示している。

だが、誰に肩入れすればいい? パウルの意見が聞きたいところだが、接触するに はまだ早い。自分の情報網に頼るしかないだろう。

「噂には必ず一片の真実が含まれている。しかし、どの一片がそれであるかは分 からない」

情報心理学のテーゼの一つだ。しかし、一つの噂の異説を多数集め、それを重ね 合わせることで背後にある事実をつかめることがある。これが、俺の情報網が本 領を発揮する使い方だ。さらに、噂の伝搬経路による歪み方を知っておくと、推 測が容易になる。そのため、数年前から定期的になんらかの噂を流し、それを多 数のポイントで観測し、噂がどのように伝播し、どの経路でどのように歪められ るかを確かめている。

公表された情報を縦糸に、噂を横糸にして織りあげたタペストリーに浮びあがる 人物像。それらを丹念に調べて、俺は肩入れすべき人材を探していった。そのよ うな人材がそうやたらといるはずもなく、次の局面を迎えるまでには、さらに数 年の歳月を必要とした。


つづく