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「私の騎士になって」「はい、シュザンナ様」

もう、大昔に思える俺とシュザンナとの会話。口ではシュザンナ様と呼びながら、 心の中ではいつもシュザンナと呼んでいた。あの時以来、俺はシュザンナ個人の 騎士だったのかもしれない。士官学校に入学するときにもらった帝国騎士(ライ ヒス・リッター)の称号は、俺には意味のないものだった。そもそも俺は帝国に 忠誠を誓っていない。

「リッター」。それはシュザンナと二人の間だけで通じる、俺の渾名だった。今 でも俺は、あの頃のシュザンナに仕える騎士なのだろうか? 激務の合間に、とき にはそんな疑問を持った。しかし、感傷にひたってる暇は、あまりなかった。

ベーネミュンデ侯爵夫人(もうシュザンナとは呼べない、もうシュザンナとは呼 ばない)のグリューネワルト伯爵夫人への攻撃は徐々にエスカレートしてきてい る。最初は嫌がらせ程度のことだったのだが、やがて伯爵夫人の命を狙いだし、 それが叶わないとなると、その弟、ラインハルト・フォン・ミューゼルの命まで 狙いだした。

幸いなことに、度重なる策謀を彼は切り抜けてきている。俺と似たような立場の 男として同情していたので、さりげなく情報を歪めることによって未然に防いだ ものもあるのだが、カチェプランカやイゼルローンまでは俺の手は届かない。ど うやらその手のことが起ったらしいという情報が後から入ってきた。どうやって 切り抜けたのか分からないが、とにかく彼は生き残った。

これはどうやら運だけではなさそうだ。彼は的確な判断力と高い戦闘力を持って いる。その戦歴を見る限り、軍人としての才能は超一流だ。カリスマもある。し かも、皇帝の近くに強力なコネがあるので、どんどん出世している。

これはいけるかもしれない。それ程の才幹を持って、着々と立場を強めている者 がいるということは、帝国にとって潜在的脅威である。彼に姉を奪還する意志が あれば実力をもって行なうだろうし、その意志が無くとも、帝国に自他共に認め るナンバー2が早晩現われることになる。おそらく、彼に賭けるのが唯一のチャ ンスだろう。これを逃がせば今後百年間にチャンスがあるとは思えない。

しかし、彼の立場を強めることに協力するのは、シュザンナと決定的に敵対する ことになる。分かってはいるのだ。シュザンナが道理に背いていることも、たと え、シュザンナの計画が成功したとしても遅かれ早かれシュザンナは滅びるとい うことも、それが、別のベーネミュンデ侯爵夫人を生み出すだけでなんの解決に もならないことも。頭では分かっているのだ。

俺は途方に暮れた。


つづく