8)

「リッター、あの木の実を取ってきて」「リッター、どこを見てるの。おまえは 私だけを見てればいいのよ」「あのね、リッター。私、空を飛んでみたいの」 「まあどうしましょ、この子犬びしょ濡れよ。リッター、何か拭く物持ってない?」 「リッター、……、リッター、……」

最近、昔のシュザンナのことばかり思い出す。そんな中で今朝思い出した言葉。

「大貴族の誇りというものは死よりも重いものなの。だからね、リッター。誇り を失なうぐらいなら、私は死を選ぶべきなの」

あの幸せな日々の何処にこんな言葉の入る余地があったというのだ。まだ十代に なったばかりの少女の言葉とは思えない。その言葉を今になるまで忘れていたと は。

今のシュザンナは、確かに誇りだけにすがって生きてるように見える。しかし、 そうやっていられるのも今のうちだけだ。誇りを捨てれば生き延びることが出来 るが、そうでなければ滅びる。その選択は、早ければ数年、遅くとも10年以内に 迫られる。ならば、シュザンナを華々しく散らせるのが彼女の為なのだろうか?

分かったよ、シュザンナ。もう迷わない。今日から俺は君の敵になる。そして、 君の人生の最期を華々しく飾ってあげよう。

こうして俺は、本格的にミューゼル少佐に肩入れすることに決めた。

彼に関して気になる点と言えば、出世するにつれて敵が増えるのに比べて、味方 がなかなか増えないことだ。赤毛の友人は確かに有能だが、味方が一人だけでは どうしようもないだろう。彼の味方になりそうな人物をリストアップするのは簡 単だが、問題はどうやって彼の味方にさせるかだ。

噂を武器にするしかないか。「金髪の小僧」に関する噂を制御する。彼の気質に 共感する者の注目を引くように。彼は下級貴族として育ったせいか、質素を好み、 平等を好む傾向にある。また、才能ある者を好む。では、そのような性質が知れ 渡るように、噂に微妙な変調をかける。流れてくる噂に、あるものは足し、ある ものは引いて、しかも不自然にならないように加工して、再び流す。

「我等が金髪の坊やがまた勝ったんだって?」「そうさ、見事なもんだ」「しか も、分艦隊の中で一番動きが良かった艦の艦長に声をかけたっていうじゃないか」 「そうそう。『卿の操艦は見事であった。私から艦隊司令官に伝えておこう』だ とさ」「さすがだねえ」

こうして、さざ波のように彼に関する噂を浸透させて行くと、彼に共鳴する者が 浮かび上がってくる。オスカー・フォン・ロイエンタール、ウォルフガング・ミッ ターマイヤー、エルネスト・メックリンガー、ウルリッヒ・ケスラー、……。そ して浮び上がった連中が彼の目に留まる。ついでに兵士の間での人気が高まる。

何年もかかる気の長い作業だ。しかし、これは後で必ず生きてくる。そして、革 命の原動力となるはずだ。


つづく