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「工作艦部隊部隊長代理クラウスニッツである。叛乱軍との交戦状態に先立ち、
これより本部隊はティーデマン護衛艦隊司令の指揮下に入る。大丈夫だ。猛将ティー
デマンの指揮に従えば、あの程度の敵に負けるはずがない。諸君の健闘を祈る。
ティーデマン中佐。あとは任せたぞ」
メイン・スクリーンがティーデマンのアップに切り替わる。
「おお、任せとけぇ! 野郎ども、泥濘るなよ!!」
作戦は開始された。
「これでティーデマンの顔にびびって引き上げてくれたら楽なんだけどね」
「まだ、そんなことを…。あ、それで通常回線で平文なんですか?」
「まあ、そんなところだ」
「でも、引き上げたあとで援軍を連れてこられたらやっかいじゃないですか?」
「大丈夫。出直してくる前に主戦場が終わってるよ。それで終ってないようなら
何やっても無駄だし」
「そうですか。引き上げてくれますかねえ」
「まあ、無理だろうね。警戒心を持たせただけで精一杯だろう」
「慎重になられるとやっかいですね」
「いや、そうでもない。暗闇で気配も無しにいきなり襲われたとしたらたしかに
恐いけど、多少でも心得のあるやつならすぐに反撃なり防御なりするだろう?」
「まあ、びっくりするのは一瞬ですね、仮にも軍人であれば」
「ところが、今から攻撃するぞと自信満々で宣告されたらどうだ? 敵は自分より
劣勢なのに自信たっぷりだ。空元気かもしれないが、なにか罠があるかもしれな
い。良く言えば慎重に、悪く言えば疑心暗鬼になる」
「なりますね」
「そうやって、いつ来るか、何が来るか、どう来るか、どこから来るか、と疑心
暗鬼になって、くるぞくるぞと思ってたら、足元で猫が鳴いても腰抜かすぞ」
「た、たしかに。それは恐いです」
「そう、これは戦闘の恐さではなく、おばけ屋敷の恐さなんだ。敵が優秀な軍人
であればあるほど、立ち直りに時間がかかる。それに、我が軍は奇策をもって機
雷原を押し通ったんだし、その方法はまだ分かってないだろう。どんな奇策で来
るかとどきどきしてるぞ」
「そこへ、期待通りの奇策が来る訳ですか」
「そう。猫の鳴き声よりもましなやつがね」
「通常攻撃より派手ですからね。でも、そんな心理的要素を持った作戦をティー
デマン中佐に任せて大丈夫でしょうか?」
「私は実戦の指揮はおろか、実戦自体が初めてなんだ。ティーデマンの方がまし
だろう。作戦意図さえ飲み込んでくれれば、誰がやってもそれなりの効果は出る
しね。それに、あれは案外頭が柔らかいぞ。あの面相のイメージを損なわないよ
うに乱暴なことを言ってるが、今も説得に時間がかからなかっただろう?」
「たしかに。では最初から指揮をゆだねていたらどうなったでしょうか?」
「戦術指揮官としては優秀だが、作戦立案を任せる気にはならんね。評論はあとだ。
そろそろ始まるぞ」