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私は士官学校で何らかの行動を起すつもりはなかった。共和主義の理念は既に頭 に叩きこんでいる。今は将来の行動の準備をする時期だ。目を開き、耳をすませ ておきさえすれば、あとは思索にふけっていればよいはずだった。

ある日、同じ学年のワイツェッカーが話しかけてきた。共和主義の集団を作ろう というのだ。そして、共和主義の敵である皇帝や門閥貴族の内情を探ろうという のだ。そのための方法論も彼は用意していた。二人で別々の組織を作って、それ ぞれが相補的な情報を集めることで情報収集の効率を上げる。組織を始めるため には……。

これは罠だろうか? 彼が共和主義に共感を持っていないことは分かっていた。下 級貴族であるということから見れば平民よりの考え方をしていてもおかしくはな いのだが、彼の場合はそうではい。ベーネミュンデ子爵家で生まれ育ったせいか、 物の見方が貴族的なのだ。常に出自を意識し、その代替としてのみ実質的な階級 を評価する。そんな考え方が共和主義と何のかかわりがある?

とはいえ、何故そんな回りくどい罠をしかけるのか分からなかった。私を罠にか けるのならもっと簡単な方法がある。私が父と連絡を取っていると密告すればよ いのだ。それが事実であろうとなかろうと、私は破滅する。何も用意周到な罠な ど必要ないのだ。それに、ワイツェッカーの示す方法は確かに説得力があった。 そこで、私は彼の話に乗ることにした。

ワイツェッカーの行動を促した出来事は程なく判明した。ベーネミュンデ子爵家 の令嬢が皇帝の後宮に入ったのだ。ワイツェッカーが令嬢に身の程知らずの恋心 を抱いていることは公然の秘密である。これほど知られていることを知らないの は当の本人だけだ。いずれにしても、納得のできる理由が分かると安心できる。

彼の行動が公憤に基くものであれ私憤に基くものであれ、私の目的のために役立 つのであれば一向にかまわない。連絡先だけを残して姿を消したワイツェッカー のプランを基に、私は組織作りを始めた。


つづく