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「伝達型文章の作文技術」:02-02

02: 書き方

02-02: 誤用


語の使用(および定義)は厳密に, 思考は緻密に行なわねばなりません. さもな いと, 「論理が逃げて」ゆくからです.
小野田博一「論理的に考える方法」

単語は, 文字の次に基本的である. しかしここでは, 誤用の問題を先に論ずる. 明らかな誤用を用いると, ちゃんとした知識を持った人に意味が通じない.

ここで挙げる例は, 必ずしも, 伝達型文章でよく使われるというわけではない. 大切なのは, そのようなことに注目し, 必要があれば調べるという姿勢である.

・誤変換

文章を電子的に書く場合は, 誤変換の危険が常につきまとう. T-Codeによる漢 字直接入力は, 例外であるが.

誤変換を変換システムのせいにする人もいるが, これは間違っている. どの字 を最終的に選択するかは, 書く人の責任において決められることである. シス テムは, 候補を挙げるに過ぎない.

よくある誤変換として, 「以上」と「異常」, 「以外」と「意外」, 「自身」 と「自信」の選択ミスが挙げられる. このレベルの誤変換は, 書く人の不注意 であり, 論外であるといってよい.

・単語の誤用

単語の使い方, 字, 読み方を誤って覚えている場合がある.

覚えている内容が曖昧なことは, 「うろ覚え」である. 「うる覚え」でも「う ら覚え」でもない.

名詞の「はなし」は, 「話し」とは書かず, 「話」と書く. しかし, 動詞の活 用で「はなし」とする場合は, 例えば, 「話します」のように, 送り仮名に 「し」をつける.

「役不足」は, 「力不足」と同義ではない. その人の実力からいって, 役が小 さ過ぎる様子である. 例えば, 元首相が町内会会長をやるのは, 役不足といっ てよいだろう. 「役者不足」は, 役の数に比べて役者の数が不足することを示 す, 造語のようである. 一般に通じると思ってはいけない.

「すべからく」は「すべて」を格好よく表現したものではない. 「べし」を伴 なったり, 命令形で使ったりするものである.

「全然」というのは, 普通, 否定の意味に使う. 夏目漱石あたりの文で肯定に 使ってる場合がないではないが, 素人がうまく使えるものではないと思った方 がよい. 「全然いける」は俗語である. 「意外にいける」や「全然変じゃない」 の方が通じやすい.

「煮詰まる」は, 完成寸前の状態を表わす. 「行き詰まる」とは全然違う.

・熟語, 慣用句

「汚名挽回」という熟語はない. 「汚名返上」や「名誉挽回」が正しい. 汚名 は返上すべきものである. 挽回すべきなのは名誉である. ちなみに, 「名誉返 上」と誤用する人は, あまりいないだろう.

「喧喧諤々(けんけんがくがく)」という言葉はない. 「喧喧囂囂(けんけんご うごう)」, 「侃々諤々(かんかんがくがく)」が正しい. この二つは違う様子 を表わすものなので, 混ぜると意味が分からない.

「的を得る」という慣用句はない. 「的を射る」, 「当を得る」が正しい. 「的は射るもの. 得るのは当」というキャッチフレーズを使っている人もいる.

・新語, 俗語

新語や俗語は, 正当な用法と誤用の区別がはっきりしない場合がよくある. し かし, 本来の用法と全く違う意味で使われる場合は, おおむね誤用といってよ いだろう. マスコミは, このような誤用を平気でする.

「ホームページ」という言葉には, 29種類の異る意味の用例が報告されている. [1] そのうち, 正当とされている用法は4種類である. このような言葉は, 適 切な補足がない限り, 意味が正確に通じると期待してはいけない.

「ハッカー」という言葉もよく誤用される. 正当な用法として紹介されてる中 にも誤用に基づく説明がある. 全くの誤用よりはややましな程度の誤用である. ハッカーとクラッカーを混同することは, 手品師と掏摸(スリ)を混同するよう なものだが, マスコミの大部分は意に介さないようだ. これも, 補足なしには 通じない言葉である.

・微妙な問題

正当な用法と誤用の区別が難しい場合がある. もともとは誤用から始まったこ とが分かっている言葉でも, 定着してしまえば誤用と言えない. 一方, 自分が よく使うから定着してると信じているだけの場合もある.

「新しい」は, 本来は「あらたしい」である. しかし, これを「あたらしい」 とする用法は平安時代に既にあり,[2] 現代では完全に定着していると見てよ いだろう.

「消耗(しょうこう)」の誤用から始まった「消耗(しょうもう)」(漢字は同じ) や, 「独擅場(どくせんじょう)」の誤用から始まった「独壇場(どくだんじょ う)」(こちらは, 字が違う)の場合は, どうであろうか?

「一所懸命(いっしょけんめい)」が転じた「一生懸命(いっしょうけんめい)」 となると, 微妙かもしれない. 別の意味の言葉として通用するかもしれない.

とはいえ, 誤用かどうかを厳密に決める必要はない. 肝心なのは, 正確に伝わ るかどうかである. 本来の用法と(誤用を含む)派生した用法のどちらの意味に も取れる場合は, 適切に補足すべきである.


  1. 戸田孝: 「ホームページ」さまざまな用例集, http://www.lbm.go.jp/toda/comp/homepage.html (最終更新: 2005年9月; 最終アクセス: 2009年1月).
  2. 岩波書店辞典編集部 編: 「ことばの道草」, 岩波新書 別冊6 (1999年).

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